伝家の宝刀が出た。左上腕付近にけがを抱える横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が、東前頭2枚目の隠岐の海を得意の左おっつけから寄り切り、初日を出した。優勝制度が確立された1909年(明42)夏場所以降、初日から連敗しての優勝は皆無。負ければ37年夏の双葉山以来80年ぶりの初優勝から3連覇が絶望的になっていた。ハプニングを笑い飛ばす切り替えの力で、横綱として国技館初白星を手にした。

 誰もが待ち望んだ瞬間だった。満員札止めの館内で拍手が鳴りやまなかった。勝ち名乗りを受けて41本の懸賞を手にすると、歓声はひときわ、とどろいた。両国国技館で横綱として初めて勝ち取った白星。稀勢の里は「いいんじゃないですか」と静かに息をついた。

 伝家の宝刀を抜いた。テーピングをした左を固めてぶつかった立ち合い。左脇を締めて、隠岐の海の右差しを殺そうとする。得意のおっつけの形だった。相手を横向きにするだけの威力はまだない。それでも初日は見せられなかった形で、何よりも攻めに出た。巻き替えて左を差す。かいなを返せば、後は寄るだけ。8秒2の相撲には光が見えた。その左のおっつけに「まあ、いつも通りじゃない? 問題ないですよ」と強がってみせた。

 横綱として初めて横綱以外に敗れた初日。一夜明けた稽古場では、これまで以上に引きずらない姿があった。結果に一喜一憂すれば、かえって身動きは取れなくなる。「仕切り直してやるだけ。(東の正位を守るという)執着もないし、力みもない」。昇進後に増えた言葉は「平常心」。その“証拠”を見せる出来事がこの日、2つあった。