2020年が間もなく終わる。コロナ禍にあったこの1年は、相撲界でもさまざまなことが起きた。角界での「印象に残った10の言葉」を、1月から順に紹介する。まずは前編。【取材・構成=佐々木一郎】

(1)「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」(徳勝龍、1月26日)

今年の本場所は、幕尻だった徳勝龍の番狂わせから始まった。千秋楽、大関貴景勝を寄り切り、あれよあれよという間に優勝をさらった。場内インタビューでの第一声が「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」。国技館内が柔らかな笑いに包まれた。優勝争いの意識を聞かれても「意識することはなく…。ウソです。めっちゃ意識してました」と漏らして笑いを誘った。徳勝龍の人柄が多くの人に知られるきっかけになり、「史上最高の場内インタビュー」と指摘する声も多い。

(2)「師匠の男っぷりの良さをこれからも見習っていきたい」(豪栄道、1月29日)

大関豪栄道が初場所後に引退を発表し、会見で話した言葉。大関からの陥落が決まったが、次の場所で10勝すれば大関に復帰できる。しかし、潔く引退を決めた。師匠の境川親方(元小結両国)からは「弱音を決して吐かない、ど根性は誰よりも持っていた男」との言葉を贈られた。年寄「武隈」を襲名。2日後には年寄総会にスーツ姿で現れ、師匠から贈られた、バックルが「G」のいかついベルトも話題になった。

(3)春場所初日の協会あいさつ(3月8日、八角理事長)

3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)は無観客で行われた。初日恒例の協会あいさつは、幕内力士と審判部の親方衆が土俵下に整列し、土俵の中央で八角理事長(元横綱北勝海)が正面を向いて言葉を発した。以下、全文を記載する。

「初日にあたり謹んでごあいさつを申し上げます。

公益財団法人日本相撲協会は、社会全体でコロナウイルス感染症の拡大を防いでいる状況を勘案し、また何より大相撲を応援してくださる多くのファンの皆さまにご迷惑をかけることは決してできないと考え、大相撲3月場所を無観客で開催させていただくこととなりました。

本場所を楽しみにお待ちいただいておりました多くの皆さまには大変なご迷惑とご心配をおかけすることとなりましたが、何とぞご理解を賜りますようお願いを申し上げます。

またコロナウイルスに感染した皆さまには一時も早いご回復をお祈り申し上げます。このようなお客さまのいない本場所となり、力士にとっても気持ちを整えるのが難しい、非常に厳しい土俵となりますが、それでも全力士は全国各地で応援してくださっている郷土の皆さまやファンの方々の歓声や声援を心に感じ、精いっぱいの土俵を務め、テレビでご観戦の皆さまのご期待にお応えするものと存じます。

古来から力士の四股は邪悪なものを土の下に押し込む力があるといわれてきました。また横綱の土俵入りは五穀豊穣(ほうじょう)と世の中の平安を祈願するために行われてきました。力士の体は健康な体の象徴ともいわれています。

床山が髪を結い、呼び出しが柝(き)を打ち、行司が土俵を裁き、そして力士が四股を踏む。この一連の所作が人々に感動を与えると同時に、大地を静め、邪悪なものを抑え込むものだと信じられてきました。

こういった大相撲の持つ力が日本はもちろん、世界中の方々に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるよう協会員一同一丸となり、15日間全力で努力する所存でございます。何とぞ千秋楽まで温かいご声援を賜りますようお願い申し上げ、ごあいさつといたします。

令和2年3月8日 公益財団法人日本相撲協会理事長 八角信芳」

4分21秒にも及ぶ異例の長さだったが、感動的なスピーチは好評を得た。YouTubeの日本相撲協会公式チャンネルで映像が見られるので、ぜひ視聴していただきたい。

(4)「最後の場所は無観客でしたから、引退相撲の時は多くの人に『豊ノ島~』って声をかけていただきたいですね」(豊ノ島の妻沙帆さん、4月18日)

4月17日に豊ノ島が引退を発表した。春場所は東幕下2枚目で勝ち越せず、関取復帰はならなかった。三役経験者の名力士の引退だったが、コロナ禍にあって記者会見はなし。当時はまだ協会のオンライン対応もなく、代表社による電話取材でコメントを出すだけだった。本来なら、映像が残る節目の会見になるはずだったが…。発表の翌日、妻の沙帆さんに電話インタビューをお願いすると、冒頭のコメントが出た。現役最後の場所は無観客、引退会見は電話のみ。さみしい引き際だが、最後の晴れ舞台がある。引退相撲は2022年5月28日を予定している。

(5)「いつもあと何場所で写真がなくなるか、考えていた。なくなる前にもう1つ飾りたかった」(照ノ富士、8月2日)

7月場所は名古屋でなく、国技館で行われ、照ノ富士が優勝した。千秋楽の取組を終えると、照ノ富士は土俵下で館内を見上げていた。なぜかは分からなかったが、その後のこのコメントで事情が分かった。ケガなどの影響で大関から序二段まで陥落し、14場所ぶりに幕内復帰して優勝。国技館の優勝額は、直近の優勝力士32人が掲額される。照ノ富士にとっては31場所ぶりの優勝だったため、気持ちはよく分かった。11月場所は優勝争いを繰り広げ、来年の初場所は関脇で臨む。来年は何枚、優勝額を飾るだろうか。

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