ボサノヴァ創始者の1人と言われるブラジルの歌手ジョアン・ジルベルト(享年88)が亡くなってから間もなく1年になる。

天気予報の夏日も増え、この季節の記憶にボサノヴァを重ねている人も少なくないと思う。巣ごもり生活の出口も見えてくる中で、誕生から半世紀の節目となった05年に製作された「ディス・イズ・ボサノヴァ」(パロ・チアゴ監督)を改めて見ることにした。

草創期を支えたカルロス・リラとホベルト・メネスカルが進行役となるこのドキュメンタリーは、歴史と言うにはまだ新しく、音楽を背景にむしろ現代ブラジルの一断面を生々しく映し出す。「デサフィナード」「ワン・ノート・サンバ」「イパネマの娘」…ちりばめられた名曲も楽しく、確立された音楽ジャンルの中ではまだまだ若い、ボサノヴァならではの一編になっている。

サンバやショーロというブラジルの伝統的な音楽にモダンなアレンジを加えたボサノヴァ誕生のいきさつが、伝聞ではなく、実際の目撃者や本人の言葉、そして写真や映像でリアルに解き明かされるところにこの作品のミソがある。

発祥の地となったリオやコパカカーナ、イパネマの街。人通りや建物は増えたが、雰囲気は当時とそれほど変わらないという。

リラは「独特のささやくような歌声はコパカカーナのアパートの壁が薄かったから」と笑う。海岸沿いの建物を見上げ「あそこがナラ・レオンのアパート。比較的裕福だった彼女の部屋にみんなが集まった」と振り返る。あのカフェ、そこのテラス。ギターを手に彼らが集った「現場」はそのままだ。

一握りの仲間うちからあれよあれよという間に「新感覚(ボサノヴァ)」が生まれる様子が手に取るように伝わってくる。アントニオ・カルロス・ジョビン(作品中ではトム・ジョビンと呼ばれる)、ヴィニシウス・ディ・モライス、そしてジョアン・ジルベルトの後の3巨頭がそれぞれにクローズアップされるが、仲間うちには「洗濯物は同じ袋にいれないか」という感覚があって、ミュージシャン同士の気のおけない共同作業の心地よさが伝わってくる。

ボサノヴァが初めて認知された大学の会場、海岸での集合写真…青春群像ドラマの趣もある。リラやメネスカルが当時を語る表情は若々しい。

ジョビンJr.のパウロが明かす秘話や彼が父の曲を歌うところも見どころのひとつだ。他の音楽ジャンルをこんな風にまとめ上げることは不可能だろう。そういう意味でも貴重な記録といえそうだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)