14年に公開された「百円の恋」(武正晴監督)は記憶に残る作品だった。無気力な32歳の女性がボクシングに生きがいを見いだす物語。短期間でボクサー体形をものにした安藤サクラの個人技に負うところも大きかったが、彼女が働く100円ショップに集う面々が個性的で、脇役の人物造形も面白かった。

この脚本を書いたのが足立紳氏で、生々しくその私生活をつづったのが2本目の監督作品となる「喜劇 愛妻物語」である。「創作」で身を立てようとする夫とそれを支える妻の貧乏物語はよくある題材かもしれないが、映画会社とのやりとり、自費のシナリオ・ハンティング旅行など、実体験に基づいた業界エピソードが面白い。

足立氏は作品資料の中で、この作品を撮る動機として「『百円の恋』がちょっと評判になったから」と明かしている。その直前の心境として「一時は僕の方が完全に心が折れて専業主夫としてかなり真剣に生きていました」とも。改めて夫妻にとって「百円の恋」が大きな存在だったことが分かる。

売れない脚本家の豪太(濱田岳)は大学で知り合ったチカ(水川あさみ)と結婚10年目。娘アキ(新津ちせ)は5歳になるが、脚本家としての年収は50万円程度で、生活費はチカのパート代でまかなっている。

さらっと設定を書けば、献身的な妻をイメージするが、口を開けば罵倒の数々。なかなかセックスもさせてもらえない。

水川がこの恐妻を好演している。口は悪いが、内心では学生時代から脚本を書いていた夫の実力を信じている。書きっぱなしの夫の脚本をパソコンに起こしてくれる。どこかで夫を信じて、目いっぱい気持ちを張っている。きついけど、愛らしい。そんな感じがよく出ている。

一方、いまさら言うまでもないかもしれないが、だらしない男を演じさせたら、濱田は本当にうまい。

「佐藤浩市」「役所広司」…夫婦の会話に登場する例えが印象的で、一般の人より少しだけ芸能界に近い微妙な感覚がよく伝わってくる。

アバウトな映画プロデューサーの遠回しな依頼で自己負担となってしまい、家族旅行を兼ねることになった新作のシナハンが物語のメインになっている。

妻チカがセッティングした節約旅行。親子3人でシングルの部屋に泊まるため妻は裏口から忍び込む。地蔵通りで買った勝負の「赤パン」。目的だった「うどん少女」の家を訪ねると、すでに映画化とアニメ化の話が進行中で、妻は夫の調査不足をなじり、その場で夫婦げんかが始まる。実話に基づいた「すべらない話」の数々に笑わされる。

水川・濱田の見事な夫婦漫才。究極の私的映画には「夫婦あるある」の普遍性がある。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)