本能寺の変にまつわる物語は何度も映像化されてきたが、原作小説も執筆した北野武監督の「首」(23日公開)は、これまでにない色合いを帯びている。

加瀬亮演じる織田信長は尾張弁丸出しで、「狂気」の度合いもハンパない。遠藤憲一の荒木村重に刀に差した團子を食えと命じ、ほおばった瞬間に刃をぐりぐりと回す。口から血があふれ、遠藤村重は目をむく。

口に含んだ血のりの量が多いので、NGシーンでは遠藤がむせ返り、カメラの向こうの北野監督は大笑いだったと作品資料にある。本編シーンのおえつ寸前の村重の顔に迫力があるわけだ。

そんな信長の狂気を冷静に受け止める明智光秀役の西島秀俊が今作でも安定感抜群で、冒頭から登場人物のコントラストがしっかりと浮かび上がる。

戦国時代にささやかれた男同士の「たしなみ」にもスポットが当たっていて、村重をはさんだ信長と光秀の三角関係が、ややこしいいざこざのタネにもなっている。いかつい遠藤をわざわざ「モテ男」に設定した監督の仕掛けは、分かっていても笑いを誘う。

北野監督は本能寺の変は羽柴秀吉の陰謀という説に立っていて、自ら演じた秀吉は農民出身ゆえに武家のたしなみである男色には興味がなく、手柄の証しである「首」も本心ではどうでもいいと思っている。信長の狂気に翻弄(ほんろう)される他の武将と一線を画した感じが分かりやすい。

タイトルにもなった首の描写も独特で、ほとんどの作品だったらその瞬間はカメラがよそを向く斬首の時も映し出す。監督デビュー作「その男、凶暴につき」(89年)以来のあっけない死の描写が今回も貫かれ、命のはかなさと、だからこその重さが伝わってくる。

セットの奥行きや色合い、その質感に、師と仰いだ黒澤明監督の雰囲気が漂い、合戦シーンもリアリティーと様式美の程合いに工夫が施されている。

そうそうたるキャストは、それぞれが今までになく自分を解き放ったり、役柄らしく抑制を効かせたりと渾身(こんしん)の様子がうかがえる。北野監督の力なのだろう。

中でも狂気の信長と、ちょっと危なっかしい小林薫の徳川家康…そして農民から成り上がっていく茂助役の中村獅童が印象に残った。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)