改元でにわかに沸き立つ日本列島。新しい元号「令和」が「万葉集」から引用されたことで、「大和言葉」にも注目が集まっているこの機会に、普段何気なく使っている日本語を、見直してみませんか? なんて言うと、誤りを正すクイズのようになりがちです。そもそも、日本語に「誤り」を「正す」という価値観が当てはまるのかどうか、そこから考えていきましょう。トーク編第44回、「“正しい日本語”なんて存在しない」。

「五戸美樹のトークレッスン」で講義する五戸
「五戸美樹のトークレッスン」で講義する五戸

■アナウンサーの言葉づかい■

「アナウンサーなんだから正しい日本語を使ってください」…これは私のSNSの「(ライブを)見させていただきました」というつぶやきに対して、実際にいただいたリプライ。送ってくれた方は、「アナウンサーは正しい言葉づかいをすべきだ」と思っていらっしゃるということで、それはきっと、「アナウンサーの使っている言葉は正しい、参考になる」と思ってくれているということだと思うので、ありがたいことであり、誇らしいことだなと思います。

少し話が逸れますが、アナウンサーの方で「人にどう思われようと関係ない」といった類のコメントをされている方がいますが、私はそうは思わない…アナウンサーと名乗る限り、ニュースを伝えるにふさわしい人間でありたいと思っています。それはバラエティーに出ないということでも、個性を否定するということでもなく、例えば災害時の放送で「今すぐ避難してください」と発信をする時に「この人の言うことは信用ならない」と思われてしまっていたら、もうアナウンサーでいる意味がないと思うからです。

だから、「アナウンサーは正しい言葉づかいをすべきだ」と思われる方の気持ちは配慮したいと思っていますし、プライベートでも言葉選びには気を使っています。急な出来事でも私は驚いた時に「マジですか?」とは言わず、「本当ですか?」と言います。

■“正しい日本語”とは何か■

ただ、「正しい言葉づかいをすべきだ」と強く思うことで腹が立つのであれば、気の毒だなとは思います。日本語に「正しい」と「誤り」という価値観があまり当てはまらないからです。それは「どの時点(時代)の日本語を正しいとするかの決まりがない」からです。(ほかにも理由はいくつかありますが、今回は一つにしぼって説明します)

常用漢字表告示の時点なのか、日本国憲法制定の時点なのか、はたまた万葉集の頃のいわゆる「大和言葉」なのか…そのどれも、正しいとも間違っているとも言えません。

常用漢字表が初めて告示されたのは1981年。それも「漢字使用の目安であって制限ではない」と明記されています。例えば「はげしい」の漢字表記、日刊スポーツの場合は「激しい」と表記しますが、アーティストが歌詞の中で「烈しい」を使っても全く問題ありません。(注1)

日本国憲法は、一部歴史的仮名遣いで表記されています。例えば「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」(日本国憲法前文より抜粋)。

文化放送「走れ!歌謡曲」生放送スタジオにて
文化放送「走れ!歌謡曲」生放送スタジオにて

■“大和言葉”はどうか■

さかのぼって、今話題の「万葉集」。万葉仮名(注2)で、「恋」(こひ)は「古比」「故非」「孤悲」、「衣」(ころも)は「去呂母」「許呂毛」などと表記されています。

「こ」に着目すると、「こひ」の「こ」と、「ころも」の「こ」とでは、使う万葉仮名のグループが違います。そのため異なる音であった可能性が高く、日本語学では「コの甲類」「コの乙類」と区別しています。

平安時代にその区別は消滅し、どちらも「コ」になりました。つまり変化したのです。言語において、変化する前のほうが正しい、とする意見を多く見かけますが、であれば平安の時点で既に間違っていることになってしまいます。(注3)

日本語は変化が激しい言語です。当時どちらのほうが多く使われていたか議論することはできても、どちらが正しくてどちらが間違っているか、定めることはできないのです。

日本語の場合は、「伝わる」か「伝わらない」か、「不快」か「不快でない」かを考えるほうが合理的です。(注4)

■“させていただきます”は誤用か■

ここで「見させていただきました」に話を戻します。

「させていただく」は聞き馴染みのある言葉になりましたが、中でも「見させていただく」は本来「見せていただく」が正しいのに、「サ」が入った“誤用”とする見解があります。本当にそうなのでしょうか?

「させていただく」の登場については諸説ありますが、90年代のテレビの通信販売で「ご紹介させていただきます」「お安くさせていただきます」と、「させていただきます」を多用したことが大きいのではないかと私は考えています。「ご紹介します」よりも謙虚な表現を目指したためでしょう。

「させていただきます」を使い続けると、「します」のほうが丁寧の度合いが低い印象になります。その結果、「させていただきます」は日本中に爆発的に広がりました。これは「より丁寧にしたい」という感情の表れともとれます。

では「見る」の場合を、文章で考えていきましょう。わかりやすく、「いただく」は類義語でほぼ同じ意味の「もらう」にします。

「教科書忘れちゃったから、Aさんに見せてもらおうっと」

この場合、誰かに何かを「してもらう」が「見る」についています。

「ご案内いただいた舞台、見させてもらいました」

この場合は、「やらせてもらう」が「見る」についています。

■誤用とする見解が間違っている■

「ご紹介させていただく」は、「紹介する」ことを「やらせてもらう」意です。「紹介してもらう」では、他の誰かが紹介することになってしまいます。

つまり、「見させていただく」は「見せてもらう」に「サ」が入ったのではなく、「見せていただく」と「見させていただく」では成り立ちから異なると考えられるのです。

「見せていただく」=「見せてもらう」=「見る」+「してもらう」

「見させていただく」=「見る」+「させていただく」

これはコラムなので、論文にするにはもっと資料を集めなければなりませんが、「見させていただく」は「間違っている」と簡単に断定することはできないということはおわかりいただけたと思います。

言葉を選ぶ時に「正しいか」を基準にするのではなく、「伝わる/伝わらない」、「不快/不快でない」に分類するのがおすすめです。令和の時代であっても、「伝わる・不快でない」言葉を選んでいれば、人を嫌な気持ちにさせることはないはずです。



注1)新聞各社は「常用漢字表」を参考にした「新聞用語集」に基づいて表記されています。

注2)漢字本来の意味を離れ、仮名文字のように使われている漢字表記を「万葉仮名」といいます。

注3)「こひ」の「ひ」も当時は「ヒ」と発音していたものが「イ」に変化しました。

注4)例えば「うぜー」「キモっ」「死ね」など、嫌な気持ちにさせる言葉を便宜的に「不快な言葉」としています。


参考文献)『日本語の歴史』(東京大学出版会)


【五戸美樹】(日刊スポーツ・コム芸能コラム「第68回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」)