今、手元に中村勘三郎さんが主演した新橋演舞場公演「わらしべ夫婦双六旅」のパンフレットがある。2008年に上演された舞台で、今月11日に亡くなったダチョウ倶楽部の上島竜兵さんも出演していた。

勘三郎さんは上島さんの大ファンだった。「ああいう芸や間は教えて教えられるものではない」と話し、熱心にラブコールを続けた結果、共演が実現した。公開舞台稽古を取材したけれど、稽古後の囲み取材では勘三郎さんらしい仕掛けがあった。こういう取材の場合、主演者から話すのが普通だが、この時は「あいうえお順」となった。そうなると、トップバッターは上島さんだった。「聞いてないよ~」とばかりに緊張した表情で「親や親せきも大出世したように喜んでくれた。これまで『代表作はこれといってなし』と言っておりましたが、これを代表作にしたい」とちょっと興奮気味にあいさつした。もともと上島さんは青年座やテアトル・エコーの養成所で演技を学んだ俳優志望だった。

本番中には勘三郎さんと上島さんは一緒に飲みに行った。どちらもお酒は大好きとあって、気が付いたら午前4時頃になっていた。ベロベロに酔っていた上島さんは「すいません。午前11時半から舞台なので、そろそろいいですか」と帰ろうとすると、勘三郎さんはすかさず「おれもだよ。それにあんたより出番も多いし」とツッコミで返したという。

勘三郎さんとの共演は1回だけだったが、その後も交流が続き、上島さんは自分が出演したDVDを勘三郎さんに送っていた。体調を崩して入院し、病床では何を見ても笑うことがなかった勘三郎さんが唯一笑ったのが、そのDVDを見ていた時だった。そんな勘三郎さんは、息子の勘九郎・七之助兄弟に「上島さんの芸を見て、演技の勉強をしなさい」とも言っていたという。

お笑いのギャグは時の経過とともに面白さや新鮮さを薄れていくものが多いけれど、上島さんのリアクション芸は違った。毎回、同じリアクションを求められても、初めて見るような面白さを失わなかった。上島さんの芸は、歌舞伎の天才勘三郎さんにも愛され、そしてリスペクトされていた。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)