卒業シーズン。歌手や俳優になったOBが、母校の高校の卒業式にサプライズで登場して、エールを送ることはよくある。ただ今年のサプライズは、例年とは違っている。日本全国の卒業生は、新型コロナウイルス感染症で、ほぼ3年間、規制の中で過ごして来た。マスク越しの友との会話。体育祭や文化祭、修学旅行といった学校行事の中止や規模縮小。部活動の制限、大会の中止。リモート授業。そんな卒業生にエールを送ろうと、歌手・長渕剛(66)が2月28日、母校・鹿児島南高にサプライズ登場した。

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「コロナ禍の中入学し、3年間、コロナの影響を受け続けた学校生活を送った子供たちを、元気づけてほしい」。昨年12月、長渕のもとに母校・鹿児島南高の校長から手紙が届いた。過去にも卒業式に招かれたことはあった。今年は意味合いの違うことを、長渕はよく理解していた。オファーを快諾した。

2月28日午前11時半すぎ、卒業式が終了した直後に、長渕は登場した。情報が漏れないように、数人の学校関係者しか知らなかった。男女計300人の卒業生から大歓声が上がり、「長渕コール」が起こった。後方から入場した長渕は、小走りで生徒たちとハイタッチして登壇した。

「来たぞ、わが母校へ。かわいい後輩たちよ」と叫んだ。受験を控える一部の生徒を除き、卒業生はマスクを外している。笑みがはじけた。長渕は「明かり付けて。みんなの顔見たいな」と願った。そして、心の底から沸き上がる言葉で語り掛けた。

長渕 つらかったね。3年間。決して楽しいだけの毎日じゃなかった。3年間、ずっとマスクを強いられてさ。何が悲しくてごはん食べる時に、黙ってめし食わなきゃいけないのかと思ったろう。何が悲しくて仲間と一緒に大笑いできないんだろうと。だけど苦しみは、悲しみは、みんな一緒だからね。神様は3年間、すごい試練を僕たちに与えてくれた、と思うしかない。苦しみや悲しみや痛みを共有した仲間なんだ。だからこそ、この絆は絶対に切れたりしないから。本当だよ。信じて。

そして、こうも語り掛けた。

長渕 人間は絶望の淵に追い込まれても、必ず、希望のスイッチがどこかにある。

「卒業」という曲を、みんなで歌った。09年に、長渕はNHK総合「課外授業~ようこそ先輩~」という教養番組で、鹿児島南高で授業を行った。同曲はその際、「心の叫び」をテーマに、情報処理科3年7組の生徒39人とともに制作した曲である。卒業はなぜ悲しく、切ないのか。別れるのは「嫌だ!」と叫び、「絆」の大切さを訴える内容だった。卒業生は自分たちの3年間とオーバーラップさせ、体を左右に揺すって一緒に歌った。

長渕の代表曲に「Myself」がある。長渕ファンならずとも、くじけそうになった時に聴く1曲、人生の支えの1曲に上げる名曲である。歌う前、願うように語り掛けた。

長渕 どんな時も真っすぐ生きよう。僕はここを卒業する時も、真っすぐ、真っすぐ、真っすぐ…

「真っすぐ」を何度も繰り返した。そして、寂しさに涙するのはお前だけじゃない、というクライマックスで、卒業生全員を指さすように熱唱した。

「みんなで一緒に写真撮ろう」と、卒業生たちの輪の中に入った。長渕はこの日、ほかに「乾杯」「俺らの家まで」など8曲をプレゼントした。先輩・長渕と卒業生たちがひとつになっていた。長渕は「社会で待っているから、早く来いよ!」と叫んだ。コロナ禍の3年間、全員で歌い、笑うことのなかった卒業生の顔が、キラキラと輝いた。【笹森文彦】