井浦新(49)が25日、東京・テアトル新宿で行われた主演映画「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」(3月15日公開)完成披露舞台あいさつで「俳優・井浦新に育ててくれた大切な恩師を演じているという、最大のギャグを楽しんで欲しい」と満席で熱気あふれる客席に呼びかけた。同作は、2012年(平24)に東京・新宿の路上で交通事故に遭い76歳で亡くなった若松孝二監督を、晩年の5作品に出演した井浦が演じた18年の主演映画「止められるか、俺たちを」の続編。

若松監督の最後の助監督で、舞台あいさつの司会を務めた白石和彌監督(49)が手がけた第1作は、若松監督が率いた60、70年代の若松プロの黎明(れいめい)期が舞台。映画を武器に激動の時代を走り抜ける若者たちを、同プロの門をたたき、72年に早世した助監督・吉積めぐみさんの目を通して描いた。

「青春ジャック-」は、それから10年後の80年代の若松プロが舞台。ビデオが普及し始めた時代に逆行するように、若松監督は名古屋にラテン語で「映画の学校」を意味するミニシアター「シネマスコーレ」を立ち上げ、結婚を機に東京の文芸坐を辞め、地元でビデオカメラのセールスマンをやっていた木全純治を支配人に抜てき。そんな同劇場に集った若者たちの1人だった井上淳一監督(58)が、自身の若き姿も織り込み、脚本も手がけた。実在する木全支配人を東出昌大(36)若き日の井上淳一を杉田雷麟(21)が演じた。

第1作で脚本を担当した井上監督が「8年前、白石さんから呼び出されて『若松さんの映画を撮ろうよ』と言われた形が、1作目を経てこういう形になった」と語ると、白石監督は「まさかの続編ということ」と笑った。

井浦は「最初に立ち上がった時から、台本が変わっていった。最初、若松監督役は『1日仕事でいいんで、お願いします』みたいな感じだった」とオファー時のやりとりを明かした。井上監督が「もっと言うなら『最悪、電話の向こうの声で良いですから』と」と井浦へのオファーを振り返ると「逆に、それに腹が立った。若松監督を演じるのは、そんな安くない。やるなら、とことん、やらせてくださいと話したら、本気になって本当にすごい大変なことになって、この作品ができてしまった」と、若松監督役への思いの強さから、井上監督に要求したと明かした。その上で、1作目を踏まえ、今作に主演した心中を語った。

「本当に葛藤しながらオファーを受けて。ちょっと数カ月間、音信不通になったりとか、いろいろなことをしながら、若松プロと白石さんに迷惑をかけないと…ただじゃ、できないないというテンションだった。その時の方が、作品を作ることに対して葛藤があった。今回は、どこかで、また若松監督に演じる中で会えるんじゃないかという喜びみたいな感情があった。スムーズに撮影に向かって行きました」

その上で「最悪なのは、芝居で、若松監督役として『おい、井上!』と言うと、本番中に『はい』と言う。どこから返事が聞こえたと思ったら…監督が芝居の邪魔をする」と吐露。若松監督を演じた自身の声に、井上監督が反応し、返事をしたと苦笑しながら明かした。

東出は「『2』やるの? って思って。僕も『1』のファンで、オールスタッフの情熱と迫力がすごかった。あの破天荒な若松孝二と何十年もやった木全さんも、老かいな人だと聞いた」と、作品と自身が演じた木全氏について語った。そして「葛藤があった。『1』の重みもあるし『2』は『1』の台本を書いた井上さんが監督。二番煎じと言われたくないし、踏襲した同じ方向性ではないと直観的に思ったので、新しい魅力になれるのか? と直訴した。『2』という名前じゃない方が良いとか、いろいろ言った。『2』は、別の映画人の愛情がこもって結実したと思っている。違う魅力だと思って見ていただけたら幸いです」と熱っぽく語った。

杉田は、井上監督を横に「最初に台本をもらって読んだ時は、緊張とプレッシャーが大きくて。ご本人の前で本人を演じる。『僕じゃないよ』と言われると。何も言い返せない」と、本人を前に本人役を演じた難しさを訴えた。井上監督が脚本・プロデューサーを務めた23年の映画「福田村事件」にも出演しており「(撮影中)ホテルの部屋が前で、現場でも信頼関係が出来た」と、別作品からの繋がりで井上監督と信頼関係ができたと明かした。その上で「余計な緊張もせす、僕に任せてくれたし、僕は僕なりのことはして、後は監督に託送と…楽になった」と撮影を振り返った。

芋生悠(26)が演じた金本法子は唯一、架空のキャラクターだ。女性監督がほとんどいなかった時代に映画監督を目指すも「自分には撮りたいものなんか何もない」と言いつつも映画から離れられず、シネマスコーレにアルバイトとして入る役どころだ。映画監督になりたい一心で弟子入りを直訴し、若松プロの門をたたく田舎の映画青年・井上に嫉妬するシーンもある。芋生は「(金本には)在日という背景もあった。差別を受け、指紋押なつ拒否など時代関係を通して、かなり葛藤を抱えて生きている、というのがあった。バチバチやり合うのが大きいかなと思ったので、井上少年を目の敵のように見ていました」と笑いながら振り返った。