タレント小堺一機(69)が、30、31日に東京・丸の内のコットンクラブで「Kazuki Kosakai Sing,Sing,Sing&Talk!!」を開催する。スタンダードナンバーから昭和歌謡、オリジナルソングまで歌って、まねして、タップを踏んで笑わせる70分間を2日間で4公演。1977年(昭52)にTBS「銀座NOW!」の素人コメディアン道場の第17代チャンピオンに輝いた。公演への思い、そして芸能界での軌跡について聞いてみた。【小谷野俊哉】
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長年、テレビの世界で活躍してきた小堺。バラエティー番組を制作する中で疑問に思うこともある。
「出演が決まると、アンケートが回って来る。あれは、いやだよね。その場のノリもあるし、方向性も全然違うこともある。本当は、そこが一番大事じゃないですか。ディレクターがタレントと会ってというのが本当なのに、紙に書いて『当日、ここだけ膨らましてください』とかね。なんかよく分かんないんですよ」
1984年(昭59)10月に始まった、フジテレビ系トークショー「ライオンのいただきます」は「ライオンのごきげんよう」に変わって、2016年(平28)3月まで31年半続いた。その間、ずっと司会を務めた。
「『いただきます』のレギュラーは、僕1人だけだったでしょ。今は人が多いですよね。今のトークショーは、画面に並んで笑ってるだけの人がレギュラーでいますよね。3人か4人ぐらいは、いるじゃないですか。あれ、日本だけですよ。ワイプで他の出演者の反応を入れるのは、どこが最初にやり始めたのかな。内容が、入ってこないよね」
視聴者でなく、出演者の反応が“面白い”を押しつける。
「この間、永ちゃん(矢沢永吉)が出てて、好きだから見てたら『カッコイイ』とか、そういうワイプ。俺は永ちゃんの話を聞きたいんだよ、お前のリアクションなんかいらんよっていう話。出演者も、それが当たり前になっている。これはおじいちゃん(小堺自身)の戯れ言ですけどね。誰も責任取ってない気がするんですよね。なんかどうなんだろうっていう、志としてね。あとは編集でどうにでもしてくれ、みたいな。そういう感じもあるんですかね」
スマホ、SNSの時代になって、テレビの位置付けも大きく変わった。
「もうバラエティーをリアルタイムで見ない、っていう時代にほぼなり始めている。僕、SNSを見てショックだったのは『もう70歳以上の人はコメディアンをやめてほしい』っていうの。もう面白くなくて、ネタがなくて、今のことが分かんないんだから、70歳になったら引退がいいと思いますっていうのね。いやいや、関根勤さん、72歳になってますよ。信じられないですよ。僕が21歳で関根さんが24歳で、公開生放送やってたんですからね。年齢じゃなくて、つまんない人がやめていけばいいだけのことと思いますけどね」
小堺が第17代王者に輝いたTBS系「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」の初代王者が関根だった。
「関根さんが『ぎんざNOW!』のオーディションに受かったことで、スタッフが『こいつネタが多いから勝ち抜きにしよう』ってなったんです。関根さんが勝ち抜きにしたんですよ。永遠とネタをやりまくっていたら、こんなにネタがあるんだったら、もう毎週来てもらって勝ち抜きにしようってね。それで5週勝ち抜いたらチャンピオンっていう。その後に生まれたスターを考えると貴重ですよね」
多くのスターが生まれた。
「半ダースさんがいて、その後が僕ですから。僕17代なんですけど、僕の次は竹中直人さん。あの“笑いながら怒る”。あれはすごかったですね。あと、松田優作さんのまねの『なんじゃこりゃ』。僕は生で見てるから。視聴者は見ながら笑うけど、最初はうますぎて会場はシーンとしてましたよ。笑うようになったのは、大分みんな慣れてからですよ。ブルース・リーは笑ってたけど」
師匠はお笑いレジェンド萩本欽一(84)。“視聴率100%”と呼ばれていた萩本が、テレビ朝日系バラエティー「欽ちゃんのどこまでやるの!」に抜てきされたのが、ブレークへのきっかけだった。
「選んでくれたんで、受け入れてくれてたんでしょうけどね。こっちはもう恐れ多いんで、そんな意識はなかったですね。その前に順番として堺(正章)さんに会って、勝(新太郎)さんに会って、それから大将(萩本)なんです。堺さんは、日本テレビの『紅白歌のベストテン』で会ってるんです。前説をやってましたから。横で毎週、堺さんのことを見てましたからね。初手から見てるんで覚えるんだけどね。堺さんを見て勉強してたのに『いただきます』で、すぐそれが出てこなかったんですよね。変な話、貯金があったのに使ってなかった。堺さんに見せてもらって、勝さんにいろんなものを教わって。それで『欽どこ』に出て、大将に教わって。踊りの先生がよく言うのが『習ってるだけじゃなくて発表会で人の前で踊りなさい』って。そうしないと自分に入っていかないから。それを『いただきます』でやったんですね」【小谷野俊哉】
(続く)
▼「Kazuki Kosakai Sing,Sing,Sing&Talk!!」 東京・丸の内「コットンクラブ」。10月30、31日に午後6時開演と午後8時30分開演の全4公演。(https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/kosakaikazuki/)
◆小堺一機(こさかい・かずき)1956年(昭31)1月3日、千葉県生まれ。77年5月TBS「ぎんざNOW!」の素人コメディアン道場第17代チャンピオン。専大卒業後、79年4月に勝新太郎主宰の「勝アカデミー」に1期生として入学、日本テレビ系「紅白歌のベストテン」の前説を務める。80年3月浅井企画所属。80年4月~81年3月「紅白歌のベストテン」。81~86年日本テレビ系「ザ・トップテン」。81年映画「の・ようなもの」。82~86年テレビ朝日系「欽ちゃんのどこまでやるの!」。84年10月~90年(平2)12月フジテレビ系「ライオンのいただきます/--2」。91年1月~16年3月フジテレビ系「ライオンのごきげんよう」。81~09、20年TBSラジオ「コサキン」シリーズ。86年TBS系「痛快!OL通り」。89~90年日本テレビ系「さんま・一機のイッチョカミでやんす」。93年日本テレビ系「ゴールデンボーイズ」。13年NHK大河「八重の桜」。06年からJFN系「小堺一機のおうちで~CINEMA~」パーソナリティー。165センチ。血液型A。



