東京・池袋の都道で19年に乗用車が暴走し、松永真菜さん(当時31)と長女莉子ちゃん(同3)が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で在宅起訴された、旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(89)の初の被告人質問が27日、東京地裁で開かれた。飯塚被告はドライブレコーダーと自身の記憶に食い違いが4つあると認めつつも「アクセルを踏んでいないのに加速した」などと自らに過失はないという従来の主張を繰り返した。

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飯塚被告は、弁護人から東池袋交差点で左カーブを曲がり、事故現場方向に向かった際の走行について聞かれると、車線を右から左に変更した際「アクセルを踏んでもいないのにエンジンが異常に高速回転し、加速した」と3度繰り返した。その上で「車が制御できないのが恐ろしく感じ、パニック状態になった。なんで加速するか分からないので、視線を落としたらアクセルが床に張り付いていたように見えた」と証言。ブレーキは踏み続けたが「減速せず、フッと抜けるような…抵抗感が急になくなった感じ」と詳細に語った。

一方で、記憶では、2回目の衝突を起こした2つ目の交差点で、乳母車を押した女性が横断歩道を右から左に渡っていたとしたが、実際は松永さん母子が自転車で横断していた。事故から5カ月後の19年9月に弁護人を通じて確認したドライブレコーダーの映像と自身の記憶に食い違いが4つあると認めた。

検察官は、飯塚被告が「前方を自転車が走行していたと記憶していたが、ドライブレコーダーを確認したらバイク」と語ったが、ドライブレコーダーにはどちらも映っていなかったと指摘。また車線変更が1回という証言にも、ドライブレコーダーの映像では3回だったと指摘した。飯塚被告は「記憶違いであるかも知れません」と返した。

一方で事故当時、松永さん母子に気付いたのは現場の20メートルくらい前で、時速80キロ程度出ていた場合、1秒も時間がないくらいなのに、アクセルを確認できたか? と聞かれると「記憶ではその通り」と返すなど、検察官の質問には整合性のない回答を繰り返した。【村上幸将】