小柄なステイヤーは、淀の星となった。今年の宝塚記念は18年ぶりに京都競馬場で開催される。

同じく京都開催の95年、同地でG1・3勝のライスシャワーは競走中の故障により、安楽死となった。「ケイバラプソディー」では東京・桑原幹久記者が、同馬の主戦騎手を務めた的場均師(67)に当時の話を聞いた。

京都競馬場にあるライスシャワー碑
京都競馬場にあるライスシャワー碑

「かわいそうなことをしたよ。欲深かったな俺も」

厩舎の一室。丸椅子に座った的場師が両手を膝に置き、言葉を紡いだ。振り返ってもらっていいのか。ためらいを素直に伝えた。「うん、大丈夫」。表情を変えず、小さくうなずいた。1995年(平7)6月4日。あの日の記憶を、鮮明に掘り起こした。

稀有(けう)な巡り合わせだった。95年1月17日に阪神・淡路大震災が発生。直後に中止となった京都開催が「復興競馬」として6月に代替され、第36回宝塚記念は当初より1週間前倒しに。舞台は4年ぶりに京都へ移された。6歳になっていたライスシャワーは前走の天皇賞・春で鼻差の激戦を制し、2年ぶりの復活勝利。矛先はG1・3勝の“庭”でのグランプリへ向いた。

「ライスは京都の3コーナーの坂の上り下りが桁違いにうまかった。『ライス、京都ならチャンスがあるかもしれないぞ』『宝塚も俺らに運が向いているんじゃないか』って思ったね」

95年、天皇賞・春で優勝したライスシャワーと的場騎手
95年、天皇賞・春で優勝したライスシャワーと的場騎手

ファン投票で1位に選出。期待、希望を背に、8枠16番ゲートを出た。でも、何かが違った。

「スタートから全然走っていきたがらない。返し馬ではそんなことはなかった。『ライス、どうした? どうしちゃったんだよ今日は』って話しかけたよ」

いつもの先行策ではなく後方から。「ずっと走りのリズムが悪かったな」。やがて3コーナー、得意の坂がやってきた。ペースが速まる。転倒。悲鳴とともに、人馬がターフにたたきつけられた。ライスシャワーは左前脚を故障。天に召された。

「ああいう結果になって、本当にかわいそうなことをしたよ」

打撲した的場師は周囲の反対をよそに、診療所へ。線香をあげ、鼻面をなでながら思いを伝えた。

「ごめんな。ありがとう」

92年菊花賞ではミホノブルボンの3冠を、93年天皇賞・春ではメジロマックイーンの3連覇を阻止。“刺客”とも呼ばれた。440キロ前後の小柄な馬体を懸命に使った走りは、人々の心をつかんだ。

的場調教師(23年4月2日撮影)
的場調教師(23年4月2日撮影)

「でかいところを勝てると最初から見抜けなくて情けないし、申し訳ない。でも、馬は能力だけじゃなく気持ちで勝つんだと学ばせてもらった。本当に貴重な経験をさせてもらったよ」

「ウマ娘」などの影響もあり、京都競馬場の馬頭観音横にあるライスシャワーの石碑には、今も多くのファンが手を合わせる。“疾走の馬、青嶺の魂となり”。愛し、愛された淀の地で、ライスは新たなヒーローの誕生を待っている。

(ニッカンスポーツ・コム/競馬コラム「ケイバ・ラプソディー~楽しい競馬~」)