今度こそ日本競馬界の悲願達成なるか-。欧州最高峰レース凱旋門賞(G1、芝2400メートル)が今週末に迫った。日本馬の初挑戦から半世紀以上。幾多のスターホースが花の都に散った。連載「凱旋門賞回想録」では、過去に現地で6度の取材経験を持つ太田尚樹記者が思い出のレースを振り返る。
【第3回=06年3位入線失格ディープインパクト】
日本競馬史上最高傑作とも称されるディープインパクトと「やり残したこと」はなかったか?
それは不世出の3冠馬が天に召された19年夏。その問いに、武豊騎手は静かに答えた。
「ありますよ。凱旋門賞。世界一強い馬だから、勝たなきゃいけないと思っていた。とれなかったことは大きな悔しさとしてまだ残っている」
幾多の名馬を駆ってきたレジェンドにとっても特別な1頭だった。
「僕にとってヒーローみたいな馬」
だからこそ、どれだけ時が流れても、あの敗戦だけは忘れられない。公の場ではあまりネガティブな感情を口にしないが、公私とも親交の深い馬主の松島正昭さんには「今でも夢に出る」「悔しくて悔しくて仕方ない」と胸の内を明かしていたという。
あの年ほど、日本国内が盛り上がったことはないだろう。レースはNHKで生中継され、瞬間最高視聴率は20%を超えた。競馬ファンのみならず世間の注目を集めた中で、まさかの3位入線。のちに薬物検査で失格となり、失意の結果に終わった。
凱旋門賞制覇は“最後の夢”ともいえる。初挑戦は94年ホワイトマズル。人気を背負ったが、6着に敗れた。「今でも鮮明に覚えている。すごい人だかりになって、調教師との打ち合わせもたいしてできなかった」。30年以上も前の記憶もまた、悔しさとともに焼きついている。50代後半を迎えた今、それは身を奮い立たせる原動力にもなっている。
「乗れば乗るほど、手が届かないものとは思えない。あのレースを勝ちたい気持ちが(現役を続ける)モチベーションの1つ」
挑むこと11回。今年は騎乗がかなわなかった。でも、いつか、きっと。“その時”にどんな表情を見せてくれるのか。夢想で終わらせてほしくない。

