2015年(平27)に球界初の女性オーナーに就任したDeNA南場智子氏(56)。以降、セ・リーグの団結は非常に強くなったといわれる。しなやかで、でも心(しん)の強さを感じさせる立ち居振る舞いが共感され、球界で確かな存在感を放っている。飾らない言葉たちの中に、経営者の鋭い視点と豊かな人間味が同居している。

   ◇   ◇

「あなたがDeNAの創業者の方ですか」。球界の大物は、柔らかい物腰で迎え入れてくれた。

南場は球団買収の過程で、読売新聞社渡辺恒雄主筆のもとを訪れた。買収が世間に表面化した少し後だった。のちの初代オーナーで、実行役の春田真が水面下で買収を進める中、南場はほぼ初対面だった渡辺の部屋をノックした。

南場 一般的な仕事や事業、生き方、考え方の話をさせていただきました。主筆も関心を持って、私について聞いてくれた。野球がどうとかではなく、人間としての考え方を聞いていただいた。私も深掘りをして質問をして、話すうちにすごくチャーミングな方だなと思いました。こんな若造に関心を持って、人間性を聞いてくださった。高圧的な印象はまったくなく、すごくしゃべりやすい環境をつくっていただき、その人柄のファンになりました。

プロ野球界の話にとどまらず、日本の歴史、渡辺の記者時代の経験談を聞き、古い書物を紹介されることもあった。ときにはアカペラで歌う歌声に、耳を傾けたこともあったという。「昭和」という時代を生き抜き、球界を支えるその教養の深さと人間としての魅力にひかれた。「平成」最後の買収後も、たびたび渡辺のもとを訪ねることになる。

南場 こういったら失礼ですけど、同じマンションに住んでいたら、一升瓶もって「今日はこの話教えて下さい!」って遊びにいきたいくらい。お話が知的で、本当に素晴らしい時間なんです。

その場で、渡辺は南場という人間性を探っていたのかもしれない。新進気鋭のIT企業創業者が何者なのか。ただオープンマインドな南場に、球界のドンも心を開いたのは確かだろう。対面後、買収に渡辺は軟化の姿勢を見せている。難色を示したのは、当時ディー・エヌ・エーが運営するモバイルサービスMobage(モバゲー)を球団名に使用すること。広島を除くいずれの球団も社名を球団名にしている以上、商品名は反対意見があった。社名自体を変更する策もあったが、最終的にはDeNAで落ち着いた。

南場 個人的にはDeNAでよかったと思っています。当時はモバゲーというプロダクトにかけていた。モバゲー(ベイスターズ)になっていたかもしれないけど、その選択はしなかった。DeNAという社名が残って今はよかった。

11年12月、生まれ変わった「横浜DeNAベイスターズ」が誕生する。GM職に高田繁が就き、監督は中畑清が就任。初代陣営がそろった。(敬称略=つづく)【栗田成芳】

11年10月29日付 日刊スポーツ
11年10月29日付 日刊スポーツ