大相撲で最高位関脇の妙義龍(37=境川)が現役引退し、年寄「振分」を襲名した。こわもて印象とは裏腹に、気遣いと優しさにあふれた力士だった。支度部屋に入るのが初めてだった体重約100キロの記者が緊張しているのを察知したのか、「ひときわ目立ってますよ。(体格が)幕下付け出しかと思いました」と和ませてくれたのが懐かしい。

相撲担当となって8カ月が経った22年12月。初めて境川部屋を訪れた。関取衆の申し合い稽古が始まると、当時36歳の妙義龍の動きに衝撃を受けた。

直近の九州場所で幕内初の2桁白星を挙げた平戸海はまるで歯が立たない。同年の夏場所で優勝争いを盛り上げた佐田の海も後塵(こうじん)を拝す。立ち合いが圧倒的に速い。当たる角度も絶妙で素早く先手を取る。相手の出方を探りながら得意の押しで土俵外へ一気の攻めを見せたかと思えば、今度は四つに組むこともできる万能ぶり。興奮交じりの記者を横目に、本人は「稽古場はあくまで稽古場やし」「勝ち負けじゃなくて、自分がやろうとしたことができたか、できなかったか」と淡々とした口調だった。

矢印は常に自分に向ける。持ち味である立ち合いのスピードを磨いたのは、一瞬の駆け引きが勝負を決することを熟知していたから。相手が誰であろうと変わらない。自分と向き合い続けた土俵人生。境川部屋の部屋付き親方として歩む今後もきっと、そんな姿勢が弟子たちにも受け継がれるはずだ。【平山連】