宝塚 ~ 朗らかに

95年大震災後の公演再開「全身に鳥肌」/麻路さき

戦後初の東西長期休止を経験した宝塚歌劇団。95年にも阪神・淡路大震災で被災し、兵庫・宝塚大劇場では休演を余儀なくされた。同年は2月の中日劇場を経て、3月31日に星組公演から再開。両公演ともに主演した当時星組トップ麻路さきは「お客様を前に全身に鳥肌」と振り返った。

戦後初めて、本拠地の長期休止を経て、復活作に主演した麻路さき(本人提供)
戦後初めて、本拠地の長期休止を経て、復活作に主演した麻路さき(本人提供)

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95年1月17日、阪神・淡路大震災で宝塚大劇場も被災。花組大劇場公演、雪組宝塚バウホール公演などが中止になった。

麻路 とても、公演が出来る状況ではなく、仕方のないことだと思っていました。ただ「物事を悪くとらえないように」と、いつも以上に、何事にも丁寧に心がけていました。

2月2日の星組中日劇場公演から再開した。

麻路 震災で足を負傷していたので、中日劇場の稽古中は、無事に主役が務まるか-。稽古日程も足りなくて初日に間に合うのか-。不安ばかりでした。

宝塚大劇場が復旧し、3月31日にお披露目「国境のない地図」が開幕した。

麻路 初舞台生もいたので、毎日が楽しかった。余震の中でしたが、稽古が普通に出来ることが「こんなに素晴らしいことなんだ!」と、あらためて感じて。

ピアニストを演じた麻路は、ピアノのソロ演奏で、復活の幕を開けさせた。

麻路 最初にお客様の前に出た瞬間、全身に鳥肌が立ちました。出番が大好きなピアノ演奏から。植田(紳爾)先生の演出に感謝しています。初日のあの日の演奏は忘れられません。泣いている方の姿も見えて、つられて泣かないようにしなきゃ-と。交通手段や宿泊もたいへんな時期だったのに、全国からの満員のお客様に感謝でした。

今回、後輩も、先の見えない中で過ごしてきた。

麻路 耐えるしかなかったでしょうが、ファンの方々は観劇できる日を心待ちにしてくださっている。

組の核を担うトップの重みにも言い及んだ。

麻路 誰からも信頼される人でありたいと思っていました。誰よりも一生懸命に、誰よりも努力し、いつも誠実に取り組むことがトップとしての役目だと。だからこそ、本番には、豪華な衣装やスポットライトを浴びさせてもらえる。

今回、雪組、月組トップらの退団日程も変更された。

麻路 退団は人生の大切な節目。きちんとした形で、皆様に見送っていただけることが、次の人生の大きな1歩になると思います。

ブラジル在住の自身は8月の日本での公演が延期に。昨年11月中旬に来日し、いったん帰国予定も帰れないまま。ブラジルでは死者数が増え、混乱が続く。

麻路 今(ブラジルは)たいへんな状況。これから(ブラジルは)冬で寒くなる時期なのでとても心配。入国禁止がいつ解かれるのか分かりませんが、しばらく(帰国)無理そうです。

日本でも、演劇界などは収容制限などの問題もあり、厳しい状況が続く。

麻路 舞台やライブは生でやるのが良さだと思う。(今は)日本の大学に通っている息子の世話を。(同期やOG仲間とも)コロナが終息したら食事しようと、ラインで様子を伝えあって我慢してきました。

麻路自身は自宅で、ピアノの腕を磨いたという。

麻路 コンサートのたびに(劇団の劇中音楽を手がける)吉田優子先生とのピアノデュオをさせていただいており、新しいレパートリーを増やそうと思い、練習を。(気分転換で)ジグソーパズルをしたり…。好きなことをしていたら気が晴れる。自分を甘やかし、やりたい事をしていました。

劇団は4月の緊急事態宣言を受け、長期中止と同時に、日程見直しを決めた。

麻路 英断だったと思います。歴史のある歌劇団でクラスターが発生してからでは遅い。お客様を含め、公演に関わる人数の多さを考えると仕方のないこと。ただ、1つの作品は、企画段階から多くの時間をかけていますから、作品が埋もれないよう配慮されて、さすがだなと思いました。

宝塚で「努力」「根性」「忍耐」と「清く正しく美しく、朗らかに」を学んだ。トップ就任前年、当時星組トップ紫苑ゆうの負傷休演で本拠地作などの主演を代演した経験も生きる。

麻路 あの時期にトップの責任の重さを感じることができた。いろいろありすぎて一番の思い出。(後のトップ就任後に)落ち着いて取り組むことができた。ただ、けがをされた紫苑さんの気持ちを思うと、いつも複雑な気持ちでいました。若い頃から教わり、覚えてきた舞台のノウハウは体が覚えていますね。

新たな生活様式での再出発。未知の世界にも、明るく前向きな心も不変だ。

麻路 大劇場が満員のお客様でいっぱいになる日を夢見ましょう!! いつかその日は来るはずです!! がんばろうーーーっ!!【取材・村上久美子】

☆麻路さき(あさじ・さき)5月27日、神奈川県生まれ。83年入団。「ベルサイユのばら」でフェルゼン、アンドレ、「風と共に去りぬ」でレット・バトラーなど大役を務め、94年に星組トップ就任。95年3月「国境のない地図」でお披露目。トップ時代には「エリザベート」にも主演。98年退団。結婚後はブラジル・サンパウロへ移住。日本とブラジルを行き来し、現在も舞台、宝塚OGによる公演などに随時出演。妹も宝塚OGの麻園みき。

95年1月23日、地震発生から初めて宝塚に集まった麻路さき(右端)らタカラジェンヌ
95年1月23日、地震発生から初めて宝塚に集まった麻路さき(右端)らタカラジェンヌ

夢の舞台を創り続けて100年あまり。時代とともにスターを生み、話題作を手掛けてきた宝塚歌劇団。華やかなステージを作り続ける裏側で日々、厳しいけいこと競争の中で切磋琢磨を続けている夕カラジェンヌの横顔を伝えます。

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