第76回カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した「怪物」の坂元裕二氏(56)が5月29日、授賞式から一夜明けて帰国した是枝裕和監督(60)とともに東京・羽田空港で会見を開いた。その終盤で、同氏は
「すみません、愚痴をこぼしてしまって」
「愚痴で申し訳ないんですけど」
と、2度「愚痴」と言った。会見場の各所から、笑いが起きた。ただ、記者は笑えなかったし、愚痴とは思えなかった。書くことを生業にしていること以外、記者と脚本家は似て非なる職業ではあるだろう。ただ…坂元氏が吐露した苦しみは日々、自分が感じていることと相違なかったからだ。
坂元氏は、プレッシャーを感じるか? と問われると「プレッシャーがない中で、仕事をしたことがなくて。しかも、結果も、あまり出たことが…私、そんなにないものですから。いつも怒られながら、謝りながら仕事をしていて」と答えた。1987年(昭62)に第1回フジテレビヤングシナリオ大賞で大賞を受賞してデビュー。同系では91年「東京ラブストーリー」、11年「それでも、生きてゆく」13年「最高の離婚」21年「大豆田とわ子と三人の元夫」、日本テレビ系では10年「Mother」と18年「anone」、TBS系でも17年「カルテット」と、それぞれの時代を代表するドラマを作ってきたとは、思えない発言だ。
その謙虚すぎる発言を裏付ける、輝かしいキャリアの裏の現実、実態を赤裸々に語った。
「朝、仕事机に座って、夜、寝るまで、ずっとパソコンの前に座っています。私の歩数計、日々、12歩なんですね。トイレに3回くらい、行ったくらいなんですけど。大みそか、元旦以外は、ずっと、そんなことをしていて。愚痴で申し訳ないんですけど、楽しい仕事ではないですし。ただ真面目に文字を書くことでしか、何も得られないものですから。こうやって、とても華やかな場に立たせていただきましたら(『怪物』の)公開が終わったら、また私は締め切りに追われて、コツコツとパソコンの前に向かうしか、ないですので。とても、楽しい気持ちにはなれないです」
テレビドラマの一大ヒットメーカーであることは衆目の認めるところだが、96年のフジテレビ系月9ドラマ「翼をください!」の後、テレビドラマの世界に難しさを感じて業界から離れた。13年に亡くなったゲームクリエイター飯野賢治さんの会社ワープで、ゲームの仕事をし「エネミーゼロ」「風のリグレット」の脚本を手がけた。さらに、97年の松たか子の代表曲「明日、春が来たら」などの作詞もした。そして、02年の同系「恋愛偏差値」でテレビの世界に戻った。
会見の冒頭で、カンヌ映画祭脚本賞を受賞し、映画の脚本との向き合いに変化はあるかと聞かれ「最近、映画の脚本を書くようになりまして、ほぼ2本目。監督、プロデューサーのお力を借りながら、ゆっくり進んでいるところ」と答えた。「ほぼ2本目」というのは、興行収入22億7000万円超と大ヒットした21年「花束みたいな恋をした」(土井裕泰監督)をカウントしたのだろう。
ただ「ほぼ」という言葉の裏には、07年の「西遊記」(澤田鎌作監督)含め幾つか、脚本に参加した映画がある。何より、96年には自らの脚本を監督した映画「ユーリ」を製作、公開した。そもそも、フジテレビヤングシナリオ大賞受賞作「GIRL-LONG-SKIRT~嫌いになってもいいですか~」も、長谷川和彦、石井聡亙(現岳龍)、黒沢清、故相米慎二ら各監督が立ち上げた映画製作会社「ディレクターズ・カンパニー」の脚本募集に応募した脚本を、ドラマ版に短くしたもの。若き日の坂元氏が目指していたのは、映画の世界だった。
そのあたりのことを踏まえ、記者は坂元氏に、紆余(うよ)曲折のキャリアを振り返り今がキャリア、人生の頂点か? と質問した。同氏は「全く、頂点とは思っておりません」と即答した上で、こう答えた。
「(記者の)皆さんも同じように白い紙、パソコンに向かって書かれていると思いますが、ただ、ただ締め切りに追われ、文字を埋めていくということを毎日、1日中やることでしか、ものが出来上がらないので。そこに達成感は、なかなか生まれる仕事ではなく、ただただ、文字を書き連ねていく…これが、自分の人生。そこで、達成感は手に入れられるものじゃない」
記者をはじめ、現場に集まった記者のほとんどが、会見を聞きながらパソコンのキーをたたき、原稿を打ち、リアルタイムで速報を出し続けていた。その姿をステージの上から見て、気を使った上での発言だろう。ただ、目の前で起きた事象をとらえて書くことが多い我々とは違い、坂元氏は、何もないところから、自分の頭、胸の奥の感情から掘り出したもので、新しい物語を生み出す。
我々も、ただ見て、聞いたことを書くわけではなく、頭をフル回転して、さまざまな切り口を見つけ出し、さらに質問を重ねて原稿を書く。そうしてアウトプットする日々を繰り返していると、頭の中が枯渇した感覚に陥ってしまう。だから、本を何冊も読んだり、映画を見たり、美術館に行くなどのインプットは不可欠だ。「皆さんも同じように」などと言ってくれた、坂元氏と自分たち記者が同じようなことをしているなどとは口が裂けても言えないが、その一方で、パソコンに向き合って書き続ける苦悩、苦痛を吐露したことが、愚痴などとは到底、思えなかった。
坂元氏は今後について聞かれ「結構、ベテラン…カスカス。絞っても出ない。これから何が書けるのか正直、見えておりません」と笑った。さらに「(デビューから)35年もたつと、インスピレーションは、皆無…もう、何もひらめかないですし。もう普段、ポンッと思い付いたり、お風呂に入って、ひらめいたとか、頭に電球が、ともるようなことは、もう、全くないですから」とも語った。
ただ、21年1月29日に都内で行われた「花束みたいな恋をした」公開初日イベントでは、主演の菅田将暉が坂元氏の脚本について「リアリティーがすごい。僕が学生の頃とか10代後半から20代頭の時に友だちとカラオケで歌っていた曲が、まんま出てきたり…何で知っているんだろう?」と、その感覚に驚きを示した。
それに対し、坂元氏は「あまり過剰に若者とか時代の変化とか、そういうことを意識してしまうと、どうしても上から目線や見守るような形になってしまう。時代の変化や今の子が違うだろうとか、あまり考えずにフラットに書いています」と語っている。
「ごまかすことも何もなくて、パソコンに我慢して向き合った時間の長さだけが、何かを生んでくれる状態で。ただ、ただ頑張ってパソコンの前から離れない、椅子から立たない…それを続けることだけ、やめない、真面目にやることだけが、書き終わるという日を迎えるのです」
「カスカス」と言いながら、その時代、時代に新しいものを生み出す脚本家・坂元裕二。愚痴ではない、魂の言葉に、書くことを生業にする1人として、襟を正した会見となった。【村上幸将】
◆坂元裕二(さかもと・ゆうじ)1967年(昭42)5月12日、大阪府生まれ。フジテレビ系の07年「わたしたちの教科書」で第26回向田邦子賞、11年「それでも、生きてゆく」で芸術選奨新人賞、13年「最高の離婚」で日本民間放送連盟賞最優秀賞。10年「Mother」で第19回橋田賞、同じ日本テレビ系の14年「Woman」で日本民間放送連盟賞最優秀賞。「カルテット」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。近年の作品には21年のフジテレビ系「大豆田とわ子と三人の元夫」、22年の日本テレビ系「初恋の悪魔」など。16年から東京藝術大大学院映像研究科映画表現技術脚本領域教授。



