新型コロナウイルスの影響で、サッカー界では「オンライン」でのセレクション、スカウト活動が新たな形として登場している。その中で、大宮アルディージャが、ジュニアユース(U-15、15歳以下)でひと味違う「動画セレクション」を開始した。かつて大宮でプレーし、現在は育成コーチ兼スカウトとして活動する橋本早十氏(38)に話を聞いた。
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新型コロナウイルスの影響を受ける中、大宮がジュニアユース(U-15)で動画セレクションを開始した。大宮の下部組織では、コロナ禍の前から、子供の挑戦の窓口を広げる意味で動画セレクションのアイデアが議論されていたという。新型コロナウイルスの影響で例年通りのセレクションが困難になった中、動画セレクションの実現に本格的に動き始めた。
湘南ベルマーレなど他クラブの下部組織もオンラインでのスカウト活動を行っているが、大宮のスタイルは少し異なる。試合などのアピール動画だけでなく複数の「課題」があるのだ。フィールド選手は「<1>自己紹介」「<2>反復横跳び」「<3>垂直跳び」「<4>縄跳び」「<5>ジグザグドリブル」「<6>8の字ドリブル」「<7>ターンドリブル」「<8>1分間リフティング」「<9>10カ所リフティング」「<10>コントロール」と10種類。GKも9種類ある。平等を図るため、映像の撮り方も細かく指定され、課題ごとに大宮ジュニア(小学5、6年生)所属選手のデモ動画も付いている。
橋本氏は「(受験者に)お任せで送ってもらうのでなく、こちらが指定することでより、アルディージャとして見たい資質、要素が評価できるのではないかと。通常のセレクションのメニューとは少し違いますが、アジリティー(敏捷性)、技術やフィジカル的な要素、ドリブルでもタッチとか姿勢とか。いろんな要素を見られるような指定動画にさせていただきました」。
課題形式にしたのは、評価のためだけではない。新型コロナウイルスの影響で、子供たちの大会開催が不透明の中、練習へのモチベーションを持ってもらう狙いもある。応募にあたり、毎日練習して撮影し、一番よくできた動画を送ろうとする気持ちも想定。「子供たちの目標がなくなってきているのかなと感じていたので。こういうことをすることで、1つ、目標をつくれたらと。応募も募集期間中に送っていただければいいです。デモのジュニアの選手と比較してもらって、ジュニアはスゴイと思うのであれば、もっと先に向けて練習してうまくなってくれればいいかなと」と意図を明かした。
現在、トップチームにはMF菊地俊介ら11人が大宮ジュニアユース出身で、まさにプロへの扉。例年、ジュニアユースのセレクションには400人ほどが参加する。今回の動画セレクションは1次審査。7月中旬に2次審査通過者が発表される予定だ。その後も審査、練習参加へと続く。ジュニアからの昇格、スカウトで獲得する選手もいる中、セレクションでジュニアユースに入るのは若干名。かなり狭き門だ。合格したら、家族で引っ越す心構えで受験する遠方の選手もいる。橋本氏は「やる気、思いのある子供たちも来てくれている。そういう選手も大事にしたい」と期待を寄せる。現在、ユース(U-18)で背番号「10」を背負うMF柴山昌也は、セレクションでジュニアユースに入っている。
狭き門ゆえ、受験者の大半が悔しい思いをするのが現実だ。しかし、橋本氏は、自身の経験を挙げ「逆に、落選の経験もしてほしい」と話す。自身を「雑草」と表現し「自分も試合に出られなかったり、悔しい経験をたくさんしたことが今に生きている」と力を込める。「小さいころは、いろんな失敗ができる時期。悔しい思いをたくさんすることで、サッカー選手としてだけでなく、社会に出て行く上でも強く生きてほしい。次に進む、進まないも大事ですけど、チャレンジしてほしい」と話す。
現役を引退し、3年前から育成でのスカウト活動に携わる。母親に自分の少年時代の話をよく聞くようになった。母からは「プロになれるとは思ってなかった。ただ、サッカーに対する思いは異常だった」と言われたという。トップに昇格した選手の少年時代の話もリサーチした。スカウトする上で、フィジカル、技術など「個の力」も大事だが「気持ち」も重要な要素だと考えている。「うまい選手はいっぱいいるし、だれがプロになるかは分からない。現にプロにならないと思った選手がプロになったケースがある。1つ確かなのは、サッカー選手になりたい気持ちと執着心は他と違ったと聞くので。そういう思いを持った選手を大事にしたい」。
動画セレクションは今回、ジュニアユースでスタートしたが、今後検証し、効果的であれば別のカテゴリーでも考えているという。数年後、動画セレクションを機にジュニアユースに入った選手が、トップチーム、さらには海外で活躍する日が来るかも知れない。【岩田千代巳】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)