カマタマーレ讃岐の元日本代表FW我那覇和樹(38)が、古巣の川崎フロンターレがJ1連覇を達成した翌日のリーグ戦となった東京ヴェルディ戦に2戦連続で途中出場した。試合後は1999年(平11)にデビューし08年まで在籍した川崎Fの連覇と、11年から13年まで在籍し3日にJ3で初優勝したFC琉球を祝福しつつも、J3自動降格圏が確定した悔しさをにじませ「1つでも上の順位を」と誓った。

我那覇は後半27分に途中出場すると、同29分に右からのボールに飛び込むなど前線で攻撃に絡んだが、無得点に終わった。4日の栃木SC戦に敗れてJ3自動降格圏の21位以下が確定した中、我那覇自身も今季のリーグ戦の出場は10試合にとどまり、ゴールも3月21日のジェフユナイテッド千葉戦の1ゴールにとどまっている。

讃岐は、北野誠監督(51)もこれまで指摘してきたように専用の練習場がなく、練習場の確保も楽ではない。ただ、我那覇は「それは言い訳にならないし、自分も分かっていて讃岐に来た。その中で結果を残せなかったので責任を感じています。今日も遠くまで応援しにきてくれたサポーターの皆さんもいるので、勝てなかったのは申し訳ない気持ちでいっぱい」と反省した。

この日は、J1参入プレーオフ圏内死守に燃える東京V相手に、パスを回してボールを支配し主導権を握ったが、前半38分の失点を最後まで取り返すことが出来なかった。我那覇は「今日も結構、ペースをつかんでいてボールも保持できていた。自分が言うのはおかしいですけど、最下位にいるチームではないと思う」と語った。その上で「けれど、その中、接戦で負けている。負けを引き分け、引き分けを勝ちに持って行けたら、この順位にはいないと思う。うまく修整できなかったのは選手の責任」と口にした。

一方で、記者から前日10日に古巣の川崎FがJ1連覇を成し遂げたことについて聞かれると「見ていて、本当にいいサッカーするし、楽しいので正直、心の底から優勝してくれるのがうれしい」と笑みを浮かべた。我那覇は川崎FがJ2時代の99年に沖縄県立宜野湾高から入団し、J1に昇格した翌00年にはリーグ戦18試合に出場し、2得点を決めた。04年のJ2優勝も経験し、05年に復帰したJ1でも活躍し06年にはイビチャ・オシム監督体制下の日本代表に選出された。一方で川崎Fは、我那覇が08年末に退団しヴィッセル神戸に移籍するまでの間、J1では同年と06年の準優勝が最高だった。我那覇は「苦しい思いをしてきたサポーターの皆さんが、喜んでいることを想像するのが一番うれしい」と自分のことのように喜んだ。

琉球のJ3優勝についても「川崎Fと似ているところがあって、攻撃的なチームなので見ていて楽しいですね」と評し、「素直にうれしいですね。自分が在籍させてもらったクラブがJ3、J1で優勝したのは誇らしいことです」と満面の笑みを浮かべた。

古巣2クラブが優勝した一方、讃岐はJ3でJ2クラブライセンスを持たないアスルクラロ沼津が2位に入らない限り、J3降格が決まる厳しい状況だ。我那覇は「チーム状況が厳しいので、余裕はないですけど、最後まで出来ることはやりたい。今、最下位なので1つでも上の順位を目指してやりたい。他力になりますけど、割り切ってやっていきたい。あと1試合…応援してくれる人のためにも、全力で頑張ります」と不退転の覚悟を見せた。【村上幸将】