新潟早川「これが僕自身」白血病闘病記が異例の重版

J2アルビレックス新潟のDF早川史哉(25)が自身の急性白血病の闘病生活をつづった「そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常」(発行・徳間書店)が好評だ。

10月26日の発売前に、すでに重版が決定し、11月に入って2度目の重版が決まった。新潟に入団し、ルーキーイヤーの16年4月に急性白血病を発症。今年10月5日の鹿児島戦で1287日ぶりに公式戦復帰を果たすまでの心境を赤裸々に記した。「これが僕自身」と、ありのままの姿を伝える決意にあふれた1冊になった。

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自著の好評ぶりを感じ、早川は喜びを隠さない。「頑張ったかいがありました」。新潟県内の書店では売り切れが続出。東京都内の書店からの追加注文も多数。予約段階から反応があり、発売前に異例の重版が決まっていた。

「実際に読んだ方から『自分を考え直すきっかけになった』など、SNSにコメントを寄せってもらったり、直接感想を聞かせていただいたり。作って良かったなと思いました」

出版を意識したのは約2年前、リハビリを開始する時期だった。経験を伝えることで、同じような思いをしている人に何かプラスになればと考えた。その後、構成を担当したライターの安藤隆人氏、編集担当の徳間書店・苅部達矢氏と話し合いを重ねながら制作に入った。発売日は10月26日。5日の鹿児島戦で公式戦復帰を果たした直後だった。

「発売のタイミングと復帰がほぼ重なったのは偶然です。発売時期が先に決まっていて『大丈夫かな、その時どうなっているのかな』と思っていましたけど、うまくはまりました(笑い)。最後に鹿児島戦のことを書いたのですが、発売ぎりぎりの段階でした」

苦しい闘病生活を乗り越え、喝采を浴びて復帰-表面的にそう捉えられるだけのものにはしたくなかった。入院中、うれしいはずの励ましやお見舞いが、うっとうしく思うこともあった。治療のつらさ、入院生活の孤独から、救いの場であるはずの入院そのものへの嫌悪感も。死の恐怖も背中合わせだった。湧き出る感情をありのままに記した。

「闘病とはどういうものなのか。病気になって出てくる問題や、人の温かさを受けながらも、その裏でまったく違う感情が出てきたり…。そういう部分は書く必要がないかもしれないけど、きれいごとでは済ませたくなかった。裏の感情も芽生えてしまう、人間的な部分は書かなければと思いました。そうでないと分かってもらえないし、伝わらない」

当時の感情を思い出すことで苦しむこともあった。苦しみがフラッシュバックし、寝つけなくなることもあった。

「練習ができるようになって、試合のメンバーを目指す時期と作業のピークがちょうど重なったこともあって、いっぱいいっぱいでしたね(苦笑い)。当時のことは正直、思い出したくない記憶でもあるんです。思い出すと落ち込んでしまう。でも、呼び起こしたことで、これから前に進む支えになるとも感じています。あれだけのことを経験したのだから、と」

その土台には周囲の支えのありがたさ、感謝がある。

「家族やチームメート、アルビレックスや他クラブ、サッカー関係者、ファンの方々。多くの人の気持ちが支えになったことは間違いないんです。闘病中はそれを素直に受け入れられない精神状態になることもあります。病気の人にとっては、思いやって、寄り添ってもらえることが最もありがたいことなんです。1人では決して闘えないんです」

今、病院訪問、献血の推進など、白血病の認知、理解を促進する活動に積極的に取り組んでいる。Jリーガーの自分だからできることに、ためらわずアクションを起こした。

「知ってもらうこと、伝えることは自分の役目だと思う。僕は病気で失ったものもあるけど、得たものもある」

苦難を経験し、そして生きる。その姿を見せることがサッカー選手であり、1人の人間としての自分自身であることを実感している。【斎藤慎一郎】

◆徳間書店の編集担当・苅部達矢ブックプロデューサー(42) 早川選手と初めてお会いしたのは今年の4月です。素朴で素直な好青年という印象でしたが、その奥には何かを達観したような落ち着きを感じました。病気と向き合うというナイーブな部分に真っ向勝負し、きれいごとで終わらせたくないという彼のぶれない姿勢は一貫していました。日本代表クラスではない選手の著書を出すことを疑問視する声もありましたが、絶対に出すべきだと私も貫きました。読者に「私も頑張ろう」と思えるものが伝わればうれしいです。

◆早川の闘病経過 16年2月、J1開幕戦・湘南戦にスタメン出場。その後、体調不良を訴える。4月の名古屋戦後にリンパ節の腫れが確認され急性白血病と診断される。11月に骨髄移植手術。17年1月、選手契約を一時凍結した。

18年に入り、体調回復が顕著に。4月に新潟U-18の練習に参加。7月、新潟の元主将、本間勲(現スクールコーチ)の引退試合出場。8月、トップチームの練習に合流。11月12日、クラブが契約凍結解除を発表。19年1月、新潟が契約を更新した。

◆早川史哉(はやかわ・ふみや)1994年(平6)1月12日生まれ、新潟市出身。小針中では新潟ジュニアユース、開志学園では新潟ユースに所属。U-15から各年代の日本代表に選出された。11年のU-17W杯では5試合で3得点をマークし、準々決勝進出に貢献。筑波大では主将を務めた。16年に新潟に入団。170センチ、68キロ。背番号28。