日本唯一2度のサッカーW杯指揮で、出場と自国外16強を初めて経験した元日本代表監督、岡田武史氏(66=日本協会副会長、J3今治会長)が日本の目指す方向性とクロアチアを重ね合わせた。22年カタール大会の日刊スポーツ特別評論家として「岡田武史論」最終回で大会を総括。メッシ(アルゼンチン)エムバペ(フランス)のような強烈な「個」に、戦術と情熱、モドリッチのようなコンダクター(指揮者)育成で対抗する未来を思い描いた。【取材・構成=木下淳】

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ここ数大会の中で最も面白い決勝だった。ふと思い出したよ、かつて(「北の国から」等の脚本家)倉本聰さんが「俺がどれだけ考えてもスポーツのドラマ性にはかなわない」とおっしゃっていたことを。アルゼンチンの勝ちか、と思ってから「え!」の連続。想像できない劇的な展開が次々と起こり、めちゃくちゃワクワクした。スポーツの醍醐味(だいごみ)を見た。

メッシ、良かったよ。今回、初めて代表で輝いたんじゃないかな。同じ「メッシのチーム」でも8年前に現地(14年ブラジル大会)で見た決勝はメッシ頼み。今回はリーダーシップも含めてメッシが周りを生かし、仲間が大エースをもり立てるバランスが秀逸だった。しかも、徐々に良くなったことが優勝に値する。

まさかの黒星発進だったサウジアラビアとの初戦では、やはりメッシは代表では厳しいのかと思ったが、準々決勝のオランダ戦はスーパーだった。35歳で円熟味を増し、失わないし、広い視野で決定的なパスを出すし、シュートも決める。メッシ以外が走り倒した中で、新たな交代5人制も大きかった。一体感をつくろうとすると、それ自体が目的になって満足してしまうリスクもあるが、自然と形成された真の一丸だった。

エムバペも、決勝56年ぶりのハットトリックは見事だった。かつてのメッシのように全て自分で決めていた。何より、1試合でPKを3度も同じ場所に決めたメンタルが信じられない。

2人を見ていて感じさせられた。異例の11~12月開催となった今大会は、準備期間が短かったことで、連係で崩し切れるチームがなかった印象だ。「個」を持つ国が有利に勝ち上がった。欧州は今、何でもロジカル。ポジショナルプレー(数的、質的、位置的の3優位性を保って王手に持っていく戦術)が主流だが、監督の指示通りにしか動けない「ロボット」と言う人もいる。

例えば、約束事で「ボールに詰めないといけない」と感情を出して「ボール取ってやる」では全く違う。アルゼンチンはボール際や詰める迫力が素晴らしかった。もともと南米勢は「エモーショナルが強くロジカルが弱い」と言われてきたが、今は欧州が戦術に傾倒しすぎている面もある。敗退はしたが、ブラジルもその案配が良かった。5大会ぶりに欧州外の国が頂点に立てた傾向かもしれない。

実際、オランダは型通りに戦ってきたが、アルゼンチン戦で2点ビハインドになってから、なりふり構わずロングボールを放り込んで追いついた。監督の支配から解放されて。決勝のフランスも、リードを許してから感情をあらわにリスクを負うプレーをするようになった。やはり戦術と情熱は両方大事。どちらがいいか偏る論調は意味がない。

その中で日本が目指すべきはクロアチアのようなチームだろう。決勝トーナメント1回戦で敗れた後、本稿で「組織的な中でも際立つ個を」と求めた。これまで全選手に要求してきた10割の献身性を、突き抜けた選手は8割に許容して違いを生み出すトライに専念させることも一案だろうと。

しかし、メッシ、エムバペ、ネイマールのような個は世界でも希少だ。日本も大谷翔平のような才能が突然変異で現れる可能性はあるが、待ち望んでいても仕方ない。モドリッチのようにピッチ内でコーディネートできる選手を、監督が外からコントロールするチームではなく、試合の中で選手が自ら変化させられるコンダクターを育て、さまざまな状況に対応できるチームを目指していくべき。もちろんチームは粘り強く。前回準優勝、今回3位のクロアチアが示してくれた。

そのために全体の底上げは不可欠。やはりボールを止める、精度を持って蹴る技術でクロアチアとは差があった。インテリジェンスも養わないといけない。逆サイドへ展開できそうなところ、怖くて反対側まで見られず戻してしまったり。今後は欧州で選手が経験を積むほかないが、代表26人中19人がW杯未経験だった面もある。ここまで戦えた成長に自信を持っていい。

サッカーは、簡単に言えば11人の能力を足し算し、下だったチームが一定の時間は守備的に戦う状況になる。FIFAの公式集計でボール保持率はスペイン戦が15%、ドイツ戦が23%で勝利チームでは歴代1、3番の低さだったが、下でも勝てる戦術にこだわるべきだったので、今回は結果が全て。中身がどうあれ、ドイツとスペインに2-1の記録は残る。負けていいなら、かつて打ちのめされた「自分たちのサッカー」でいいが、相手との力関係を見極めて勝ち切る、実績を取る、それが大切だった。ここから対等になれるよう地道に上げていけば、いずれ戦い方も上向いてくる。

あとは協会として支えていけるか。一案だが、これだけ選手が欧州にいるのであれば、現地にトレーニングセンターを構えることもありかもしれない。引き続き強国とマッチメークは模索しつつ、FIFAも「ワールドシリーズ」(偶数年の大陸間試合)計画を示した。欧州でネーションズリーグが創設された18年以降は対戦機会が少なくなっていたので、期待もしたい。

26年の北中米大会、自分は69歳でどうなるか分からないが、楽しみだよ。今大会で4度目の16強、3度目の1大会2勝を挙げたが、過去と異なる。ドイツとスペインに勝った事実が基準を押し上げた。スタートラインが違う。「優勝経験国に勝ったことあるよ」は「また勝てる」につながる。新たな景色を見る資格が今大会で備わった。(元日本代表監督=98年フランス大会、10年南アフリカ大会)