小林祐希「奇妙なシーズン。降格ないならラッキー」

<もしもし日刊です>

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今季のリーグ戦打ち切りの方向性が決まったベルギー1部リーグのワースランドベベレンに所属する日本代表招集歴もあるMF小林祐希(27)が3日、日刊スポーツの取材に応じた。小林の所属クラブは最下位の16位で、通常なら2部降格だが、現地では特例措置で降格なしの可能性も報じられているという。ベルギーの現状、夏の移籍市場の見通しなど、現在の心境を率直に語った。

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小林の今季は、思わぬ形で終了を迎える。新型コロナウイルスの感染拡大で、人口約1150万人のベルギーでは現在、1万人以上が罹患(りかん)。ベルギー・プロリーグは、現状を憂慮しリーグ戦を打ち切ることで合意。15日の総会で承認される見込みだ。

小林は昨年9月にワースランドベベレンに加入。開幕から遅れての加入にもかかわらず、20試合2得点2アシストと奮闘。しかしチームは最下位の16位にいる。

小林 プロ入りして一番きついシーズンだったかもしれない。9月に入って、キャンプもなくて、加入が決まってから通常6週間(のプレシーズンの準備)のところを、4週間で体をつくった。けがもあって、チーム状況も悪くて…。最後はコロナで終わるという。奇妙なシーズンだった。でも、自分と向き合える時間は長かったし、どうにかしようと必死にあがいたシーズンでもありました。

通常なら、最下位は2部に降格だが、現地では特例措置として「降格なし」となり、来季は昇格2チームを含めた18チームで戦う案が浮上している。すでに今季の降格なしを決めたJリーグと同様の措置となる可能性がある。

小林 この打ち切りで、みんな今季のこと忘れられるんじゃないかなと…。降格しない可能性があるならラッキー。若い選手が多いから、来年も1部でできるとしたら大きい。ただ、自分たちが力がなかったからこの順位だし、これでラッキーで残って来年、同じ繰り返しをしたら意味がない。それをどうとらえて、どう取り組むかが大事。

今年の初めに、新型コロナウイルスは中国で感染が拡大した。当時欧州への影響は少なく、チームメートから「日本はどうなの?」と聞かれる日々だった。それが一転、欧州で一気に拡大。ベルギーでも12歳の少女が亡くなるショッキングなニュースも報じられた。

小林 最初は、自分も欧州に住んでるから(日本の現状は)分からなくて「そんなことあるんだ」という感覚だった。こんなにすぐ欧州にも広まるなんて、だれも予想していなかったと思う。3月に入って、毎日1500人のペースで感染者が増えていって。これはもう、試合はできないだろうと思った。

3月中旬にリーグが中断。クラブでの全体練習はなくなり、外出自粛の措置が取られ、自主練習の日が続いた。

小林 アスリートはトレーニングで外出するのはOKが出ていた。ただ、3人以上で外出するのは禁止。2人でジョギングしたり、外でボールを蹴るのは大丈夫だったので、自分は誰もいないフィールドに出て、トレーナーと2人で練習をやっていました。心肺トレーニングも含めて結構、追い込んでいました。試合があろうがなかろうが、練習は楽しいから。不安はなかった。買い物に関しては、幸い、自分が住んでいる地域は感染はほとんどなく、普通に行けてました。

現チームには2年契約で加入した。今夏の移籍市場は不透明で、移籍が厳しさを増すのは覚悟している。その中でも、スペイン、イタリアでプレーする希望は揺らいではいない。

小林 移籍市場は開くとは思う。ただ、各クラブで、予算的に(選手の)出入りはかなり制限されると思う。イタリア、スペインでできるなら常にやりたい気持ちは持ってる。でも、夢という年齢でもなくなってきたという実感もある。

感染が拡大する欧州では、どのリーグも今後は不透明。その中でも小林は「自分は常に、いつどんな状況でもプレーできるようにしておかないといけない」と、リーグ打ち切りになっても、戦闘モードを続ける覚悟だ。

◆小林祐希(こばやし・ゆうき) 1992年(平4)4月24日、東京都東村山市生まれ。東京Vの下部組織育ちで、11年にトップ昇格。12年には当時のクラブ史上最年少で主将就任。12年7月に磐田移籍。16年4月、大宮戦でJ1初ゴール。同年、日本代表初選出。16年8月、オランダ1部ヘーレンフェーンに移籍。19年9月にワースランドベベレン加入。日本代表として国際Aマッチ8試合1得点。182センチ、72キロ。