石の上にも3年…158キロで勝ち取ったタイトルと信頼/追憶 江川卓~巨人編〈2〉
誰の目にも明らかな直球の球威。誰もが気になる「空白の一日」の心境。入団後の人間関係…「昭和の怪物」江川卓の神話性は巨人に入っても色あせず、2つの時代をまたいで一層、際立っていきます。身構えず遠慮せず、懐に飛び込んでいった1人の記者。何十年も関係を保って深め、軽妙なタッチで深層に潜っていきます。作新学院時代に続く「追憶 江川卓~巨人編」を、毎週水、土曜日に更新の全10回で送ります。(敬称略)
プロ野球
▼「追憶 江川卓~巨人編」連載一覧▼
AIが直球再現 回転数、ホップ…超・良質
2021年の暮れ。江川が27年間MC、コメンテーターを務めた日本テレビ系スポーツ情報番組「Going!Sports&News」を卒業するにあたって、スタッフが専門機関に掛け合って直球データを算出してもらい、番組で発表された。
◆回転数=2750rpm投手が投げた球が、1分間当たりどれだけ回転するかを示す。回転数が多ければ多いだけ、球は揚力の作用を受け、ホップする量を増す。江川の2750rpmは、ロッテ佐々木朗希の2520rpm、元西武松坂大輔の2583rpmより約200回転多く、それだけ縦のきれいな回転軸と回転数で、球がホップして見えるという。
◆ホップ成分=23・4センチ投手の平均的なストレートの軌道に対して、どれだけ高い位置でミットに届いているかの「差」を数値化したもの。江川のストレートがミットに届いた高さは、平均的位置より23・4センチ高い位置だった。平均の軌道よりさらにボール2~3個分高いとされる。打者は、落ちるはずの軌道が予想より落ちないと球がホップして見え、より速く感じるためボールの下を空振りしやすい、という。佐々木朗は18・6センチだった。
◆初速=158キロ投げた瞬間の球速だが、江川の現役時は打者の近くで計測する「終速」表示だった。初速に置き換えると158キロ。
投球映像を最新のAI(人工知能)分析にかけ、ストレートの数値を割り出したもの。数値はいずれも、巨人全盛期における江川卓のストレートの実像を示している。
ピーク 投手5冠にMVP
「あれは、すごく(スタッフに)感謝している。バットの上を通過させて三振を取る、自分のストレートが数字で証明された」
現役当時は、現在のような正確なスピード分析ができず「プロ最速」と呼ばれた正体を解明できずにいた。AIで明かされた数字は、名うての投手との比較でも優位だった。
江川は、プロでのストレートの最盛期について「自分のボールが速い、と感じたのは81年から、肩を痛める前の82年7月ころまでの間だった」と振り返っている。冒頭の数値は81年のもので、江川の感触を裏付けるものだった。
1年目こそ調子が戻らず、悔恨にまみれた。「次も1ケタしか勝てなかったら引退する覚悟だった」と退路を断った2年目は、16勝で最多勝と奪三振(219個)のタイトルを手にした。
そして迎えた81年。シーズンを通じて体調も良く、ボールが「ホップする」特異なストレートが戻っていた。
9月上旬に早々と20勝に到達。終わってみれば最多勝に、防御率、勝率、奪三振、完封数の「投手5冠」を獲得。MVPにも輝いた。チーム優勝の原動力となったばかりか、巨人のエースへの地歩を固めた年でもあった。
臨んだ日本シリーズ。同じ後楽園を本拠とする日本ハムが相手だった。開幕投手に抜てきされたが、小刻みに点を奪われ、6回4失点で降板。中3日で先発した第4戦は2失点完投。対戦成績を2勝2敗のタイに戻す好投だった。
巨人が3勝2敗で王手をかけた第6戦。その絶頂期を象徴する場面が訪れた。
6―3とリードして迎えた9回裏2死。江川のインハイは、最後の打者五十嵐信一のバットを真っ二つに切り裂く。
打球は、ただ、マウンド上空に高く、力のない放物線となって舞い上がった。江川は「マイボール!!」と声を張り上げ、三塁手の原辰徳や一塁手の中畑清を制した。絶対に自分で捕る―。
その前夜、江川にある構想が浮かんだ。
1955年(昭30)、和歌山県生まれ。早大卒。
83年日刊スポーツ新聞社入社。巨人担当で江川番を務め、その後横浜大洋(現DeNA)、遊軍を経て再び巨人担当、野球デスクと15年以上プロ野球を取材。20年に退社し、現在はフリー。
自慢は87年王巨人の初V、94年長嶋巨人の「10・8最終決戦」を番記者として体験したこと。江川卓著「たかが江川 されど江川」(新潮社刊)で共著の1人。
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