やっぱり先頭を走っていた。

古巣ナントに招かれ、サッカー界に帰ってきたハリルホジッチ監督は、監督復帰初日の練習でも選手を従え、先頭を走っていた。

日本代表と同じ光景だった。

ナントの公式サイトの画像を見る限り、元気そうだ。

おそらく走ったのは9周だろう。現役時代はFW。ナントでは、何と2度もフランスリーグの得点王になった点取り屋。なじみの背番号は、ストライカーの9だった。

「17年間9番をつけてプレーした。私が練習でどれくらい走っているかというと、毎回9周。いつもそう。ずっと背番号9番だったので」

この手のよく分からない? こじつけが好きで、ワールドカップ(W杯)の組み合わせ抽選でH組に入ると「HはハリルホジッチのHだ」と胸を張っていた。ロシアには行けなかったけど…。

毎日走って鍛えているが、もう66歳。だいたい5周で遅れだし、周回遅れになる。きっと、フランスでも同じだろう。

ずっと日常だったサッカーの現場に、あのハリルホジッチ監督が戻ってきた。

サッカーが大好きな人だ。好きすぎて、まわりが見えなくなることもしょっちゅうなのだが…。

担当記者として、追いかけ回し、厳しいことも書いた。ただ、人間ハリルホジッチは、いつも私にとっては、愛すべき人物だった(目上の人間に対し、こういう表現は失礼かもしれないが、あえて)。

思い出はたくさんある。ある時、当時の日本代表監督の視察先に、わが日刊スポーツの新入社員が研修にやって来た。

これから、希望と不安を抱いて取材の現場に飛び出す新人に、訓示をお願いした。

直立不動。着慣れないスーツ姿がぎこちない3人を前に、監督はいきなり語り掛けた。

「フットボールが好きですか?」と。

緊張のあまり声も出ない、期待の若手にほほ笑みかけると「フットボールに限らず、自分の取り組むことを好きになってください。まずはそこからです」と続けた。

この人自身もサッカーが好きだ。

きっとナントでも、衝突し、絶対にもめるだろう。ただ、日本と違いフランス語が通じるし、何より、フランスでは、はなから変わり者で通っている。その上、結果を出したリールやナントでは、レジェンド的な存在でリスペクトもされている。日本より、ずっと仕事はしやすいだろう。

日本にいた当時、関係者が愛を込め、かつ苦笑いを浮かべながら「あの人は子どもですから」と言うのを聞いたことがある。

聞き分けも良くないし、思いつきで、ああしたい、こうしたいと、言いたいことを包み隠さず言う。ただ、そこに計算はないし、子どものようにピュアである。

新天地での新たな挑戦が、実り多きものになるよう、日本から祈っている。


◆八反誠(はったん・まこと)1975年(昭50)生まれ。98年入社。06年からサッカー担当に。