川崎フロンターレのGK新井章太(31)がJ2のジェフユナイテッド千葉へ移籍することが決まった。ルヴァン杯では北海道コンサドーレ札幌との死闘の末、絶体絶命の状況からPK2本を止めてチームを初優勝に導きMVPを獲得。絶対的守護神のGKチョン・ソンリョンがいる中で先発の座をつかみ「これから」という時の移籍決断だった。

新井が初めて、移籍の決断を明かしたのは盟友のFW小林悠(32)だった。最終節のアウェー札幌戦の前日、2人は車で羽田空港へ向かった。その車内で新井は、小林に自身の決断を告げた。小林は「彼の気持ちを知っていて、覚悟はしていた。まじか…と。どんな時も隣にいて。一番、何でも話せるのが(新井)章太。いなくなってからもっと、やばくなるんだろうなって。きついですね…。きっついなあ…」。

主将でエースの小林を陰で支えてきたのが、新井だった。点が取れない時期、チームが勝利から見放された時…。常に隣で話を聞いてくれた。新井に話すことで自然と前向きな気持ちになれた。今季開幕直後、小林が点が取れなかった時、新井が「おまじない」として、小林の背中を「バン」とたたいて気合をいれた。そこから小林の快進撃が始まり、今季は2人の間で試合前の「儀式」となった。札幌戦の前、小林は「絶対に、札幌戦では得点を取って、真っ先に章太の元へ行く」と決めていた。そして、2人の間の最後の儀式…。小林は振り返る。「バンとたたかれたときに、今までで一番、重く感じた。最後だと思ったら泣けてきちゃって…」。あふれる涙を懸命にぬぐい札幌ドームのピッチへと向かった。

小林は「絶対に決めてベンチに走ってあいつの元へ行く、早く試合が始まれ」と気合が最高潮に。主将の仕事である試合前のコイントスを忘れてしまったほどだった。審判に「小林さーん」と呼ばれてコイントスを忘れたことに気づき「相手の主将も笑ってました(笑い)」。その姿を見た新井は「相当気合入ってるなと。飛ばしすぎなきゃいいけど」とちょっぴり心配したというが、そんな心配は無用だった。

試合開始わずか43秒だった。MF脇坂泰斗の右からのクロスを小林が合わせて先制。すぐに新井の元へ駆け寄り、抱きついた。まさに「友情のゴール」だった。小林は「自分は、だれかのため、という気持ちがある方が、自分の中で頑張れるというのが分かった試合だった。優勝がかかった試合とか。毎回、そういうモチベーションに持っていくのは難しいですけど、やっぱり、そういう気持ちが大切だなと。自分は特に気持ちの選手だなと、シーズン終わりですけど気付いた。それを来年に生かせれば」。親友がチームメートとして最後に教えてくれた「気づき」でもあった。

新井は出場機会に恵まれていない中でも、いつか回ってくる出番のために努力を続けてきた。つかんだ出場機会で必ず結果を残してきた姿は、まさに若手のお手本だった。出場機会から遠ざかった若手も、新井に相談に乗ってもらっていた。新井の「おれの状況に比べたら」との言葉に、誰ひとり、腐っていく選手はいなかった。出場した時、声を枯らしながらも的確なコーチングを続け、失点しても前向きになる声を掛け続けてきた。そして、今季はシーズン終盤に定位置を獲得。「これから」という中で、出場機会を求めてあえて移籍の道を選んだ。千葉は来季から、セレッソ大阪やサガン鳥栖で指揮した尹晶煥監督が就任することも後押しした。新井は「行ってみないと分からないけど、変わろうとしているチーム。やり方もガラリと変わると思う。そういうチームに最初からいけるのは大きい」と話す。

チームは変わるが、2人の友情は終わるわけではない。小林は言う。「家も近いし、あいつもフロンターレのご飯会に誘えと。家族関係も続くし、何かあったらすぐに相談します。関係性も変わらない。あいつも環境が変わって大変なこともある。相談に乗ってあげられたら」。今はJ2だが、来季の千葉は昇格の期待もかかる。新井は「自分が行くから、必ず昇格しますよ」と自信を見せる。2人の友情は「第2章」へと突入するが、その先にはJ1の舞台でエースと守護神としてピッチで戦う姿が見られるはずだ。【岩田千代巳】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

10月26日、風呂おけチョコクッキーにかぶりつく川崎Fの、左から小林、GK新井、中村
10月26日、風呂おけチョコクッキーにかぶりつく川崎Fの、左から小林、GK新井、中村