「カンピオーネ! カンピオーネ! オーレ、オーレ、オーレー!」
前日に他チームが敗れ、社会人関東2部で優勝を決めたエリースFCは、エスペランサSCに3-1で快勝。千葉市・ZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREAに歓喜のチャントが響き渡った。その中心にいたのは今季就任1年目でチームをリーグ優勝&1部昇格に導いた27歳の青年監督・山口遼だ。
■鹿島ユースから1浪で東大入学
鹿島アントラーズの下部組織で育ち、1浪の末、東大に入学。3年で現役を引退し、指導者の道に進んだ異色のキャリアの持ち主だ。
「関東2部優勝っていうのはノルマという形で僕は捉えていたので、むしろただ優勝するだけではなくて、なるべく下を引きはがして、なるべく圧倒的な数字を残して歴史に残るチームにしたいよねと。今年もそうですし、もう来年もちゃんと1部でさらにエポックメーキングな結果につなぎたいなというふうな感覚だったので内心、ほっとしているというか、むしろもっと良くしたいなっていう感覚の方ですね」
■褒められた記憶はほどんとない
山口監督の母は、84年世界柔道選手権女子52キロ級で優勝し、88年ソウルオリンピック柔道女子52キロ級で銅メダルした山口香さんだ。この日も試合を観戦しに来ていた母からスポーツに関して褒められた記憶がほとんどないという。鹿島アントラーズの下部組織時代に全国大会に出場した時にも「全国大会で喜ぶ人っているんだ」と言葉をかけられた。
今回も「ラインで『優勝が決まりました』みたいなこと言ったときも、(返信が)『よし、残り全勝ですね』っていう感じでした(笑い)。本当かうそかわかんないですけど、(現役時代)負けた試合が少なすぎて負けた試合は全部覚えてるって言ってた」。
勝利への執念はそんな環境で自然と育まれた。
「アントラーズにいたっていうのも大きいんですけど、母もアントラーズも勝つのがうまい。圧倒的な勝率。ぼくが目標としているペップ(グアルディオラ)もそうですけど、明らかにいいサッカーをしているし面白いんだけど、勝率が違う。勝っているところが僕は好き」
■堅守速攻から超攻撃的スタイルへ
チームは今季、組織を株式会社化し、Jリーグ昇格を目指している。その第1歩として山口監督が就任し、選手もごっそり入れ替えた。これまでは平日練習がほとんどなく、土日のみの活動がメインだったが、今季からは火、水、金曜の朝に活動日を設けた。
昨季までは社会人として平日みっちり働き、土日はサッカーに全力で取り組むというチームだったが、よりサッカーに比重をかけるメンバーが増えた。
堅守速攻スタイルから、山口監督が掲げる超攻撃的なポゼッションスタイルに変貌し、リーグを圧倒した。自陣からボールを大切につなぎ、相手のプレスをはがして、ゴール前まで運んで仕留める。17試合で14勝1分け2敗。47得点、19失点。今季、リードしてから逆転されたことは1度もない。美しいサッカーを展開しながら、圧倒的な勝率で優勝を成し遂げた。
特に戦術的にも成熟度が増した後半戦は全勝している。山口監督は、リーグ優勝の要因をこう語った。
「とにかく自分としては守備も攻撃もプレーの質を上げるっていう形で1歩1歩良くなってきたのが、特に後半戦内容にも結果にも繋がったのかなというのは感じてますね」
■先進的な理論を展開する監督に共鳴
チームが始動する際に、強化の部分も任してもらった。仕事を調整しながら残ってくれたベテラン、心強い新加入選手を融合。先進的な理論を展開する若い監督の信念に全員が共鳴した。
「生活の仕方っていうのがまるっきり変わった選手だったり、スタッフが多い中で、よくここまでモチベーションを落とさずに自分みたいな若造についてきてくれたなと。やっぱりベテランの方々が自分についてきてくれたし信頼してくれたので、そこがやっぱり大きかったんじゃないですかね。彼らがやっぱりどれだけ真摯(しんし)にサッカーに向き合ってるのかっていうのを、僕も若い選手も見ているので、やっぱりそこが今シーズンこれだけやっぱりいい雰囲気でやれたのは、すごく良かったですね」と感謝した。
■指揮官の魅力「言語能力が異次元」
チーム在籍6年目で、チームのまとめ役を担う長井章浩(39)は「みんな結局、残りの30、40年を社会人として生きていく。だから元々エリースが大事にしている『サッカーも仕事も一生懸命して人として成長していく』ということを伝えないといけないと思っていた。どれだけ1つ1つの練習にかけてやれるかがプロフェッショナルだと思うし、唯一成長できる方法だから、ぼくが伝えないといけないと思っていた」と話す。
山口監督の魅力について、長井は「言語化することがすごく上手。細かく具体性を持っている」。昨季まで当時J2にいた、いわてグルージャ盛岡(今季はJ3)でプレーしていた色摩雄貴(25)も「言語化能力が異次元ですね。立ち位置とかも細かく教えてくれる」と口をそろえた。
■「モチベーションがあることが大事」
東大の頭脳で練習メニューも工夫を凝らし、選手を飽きさせない。ウオーミングアップ、ステップ1つ1つなど全てを監督がオーガナイズして選手に高い基準を要求し、チームを作りあげた。
「監督っていろんなことをやる仕事だと思っているんですけど、やっぱり一番は自分が言ったことを聞いてもらうためにも、サッカーに対して純粋にモチベーションがあるっていうことが大事。トレーニングがオフになったときに、もちろんうれしいんですけど、でも『やっぱちょっとやりたかったな』とか、練習が終わったときに『もう1セットやりたいな』と思うという雰囲気作りというか、そう思ってもらうために、メニューもすごいこだわりました。(選手が)モチベーションを高くやってくれて、自分が考えてきたことが、それに多少は乗っかってあとは選手たちが本当によく学習してくれて本当うまくなったっていうところがうれしかったですね」
■母親譲り勝者のメンタリティー
指導者としても数多くの有望選手を育て上げた母の影響を受けている。
「講演とかもするので、やっぱ伝えるのはうまいっていうのを近くで見てました。(自分の)ミーティングとかも、結構皆さんが思ってるほど戦術的じゃないというか、結構(気持ちを)持ってくんですけど、それは何か説明できないんですよね。自分はサッカーのことも勉強してきたし、マネジメントのことも勉強してきたけど、これはたぶんそれ(母)を近くで見てきたっていうことなのかなっていう感じはちょっとありますね」
類い希な言語化能力に加えて、母譲りの勝者のメンタリティーを掛け合わせ、見事に結果を残した。今季は残り1試合。すでに来季の関東1部、それ以降の戦いにも目を向けている。今後が楽しみな鬼才が日本サッカー界に現れた。【佐藤成】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)
◆山口遼(やまぐち・りょう)1995年(平7)11月23日、茨城・つくば市生まれ。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユース、一年の浪人を経て、15年から17年まで東京大学ア式蹴球部、17年7月まで東京ユナイテッドFCでプレー。18年から東大ア式蹴球部で指導をはじめ、東京都2部リーグ優勝。20年東京ユナイテッドFCアシスタントコーチ。21年、水戸ホーリーホックでスカウティングアドバイザー、22年からJ3YSCC横浜のセカンドチームで監督を務めた。