24年パリ五輪(サッカー競技は7月24日に先行開幕)出場を目指す日本女子代表なでしこジャパンの池田太監督(53)とU-23日本代表の大岩剛監督(51)による新春対談が実現した。ともに大学経由でプロ入りし、ポジションはセンターバック(CB)。共通点は多いが、対談は初めてだ。同時期に日の丸を背負って指導する運命となった同年代の2人が、互いの印象から代表活動におけるマネジメント、パリ切符獲得の誓いまで赤裸々に語り合った。【取材・構成=佐藤成】

-お互いのことをいつから知っているんですか

大岩監督 僕は高校時代から知っています。太さんが(浦和)レッズに入ってからも。年齢も含め、ポジションも同じなので親近感はもともとありました。

池田監督 (鹿島)アントラーズの印象がありますね。CBだったので見ていましたし、今は代表監督として仕事ができて。ありがたいというか感慨深い。

-大岩監督から池田監督に聞いてみたいことは

大岩監督 なでしこも海外組がものすごく増えてきたじゃないですか。やはり海外へ行くと、すごく選手として成長しますか?

池田監督 チャンピオンズリーグなどの強度、日頃の練習の強度もあるので、体の当て方1つにしても判断スピードにしても、やっぱり成長速度は上がるね。

大岩監督 まだ我々のグループは物足りなさがあるんです。海外に行っても1試合目は慣れなくて。特に前半は、極端に言うとやられまくるんですけど、後半から慣れてきて間合いが分かって、いいコントロールできたりするんですよね。

-反対に池田監督から聞きたいことは

池田監督 U-23というカテゴリーは、いい選手を伸ばしてA代表に送るところと、チームづくりも進めないといけないところがある。トレーニングキャンプとか間が空くじゃないですか。前回のこと(活動)は忘れている? それとも、まあまあ(覚えている)?

大岩監督 選手によっては、まるっきり忘れてしまいますね。だから僕らも、コンセプトとか自分たちのスタイルとか原則を落とし込むところから一発目に。当然、呼ばれ続けている選手は何となく思い出す感じだと思うんですけど。やはり女子でもあるんですか?

池田監督 まあ女子も一緒で、自チームでいろいろなことをやっていて、役割もあるだろうし、戦い方も違うから。代表に集まった時は今までやってきたことの「思い出し」みたいなこともやらないといけない。

-パリ五輪アジア最終予選。女子は2月に北朝鮮と。男子はU-23アジア杯の3位以上が必須です

池田監督 ホームアンドアウェーで、短期間に同じ相手と2試合やるので、システム、戦い方の幅を持っておかないと。泥くさくてもいいので、しっかり出場権を取ることが一番。そのための準備と、選手には成長もしてほしいですけど、健康で。自分の武器である身体を磨いてほしいなと思います。男子は4~5月?

大岩監督 そうです。僕らはレギュレーションが違って一極(集中開催)で。だから、より勝ち続けるタフさが求められます。チームのコンセプトやスタイルを持った上で、しっかり変化もできるような積み上げを、今までの活動でしてきたつもり。我々は3月にもIW(インターナショナルマッチウイーク)で活動できるので、そこで最終的なものを作り上げて最終予選に臨みたい。本大会も決勝に進んで、しっかり金メダルを取りたい。その目標はブレることなく、ずっと選手たちには伝えています。

池田監督 五輪への熱量は、日本はすごく大きい。そこでしっかりプレーを見せることが、女子サッカー全体の底上げや発展につながる。五輪は大きな力になり得るので、しっかりと予選を突破して、戦う姿を見てもらいたいと思います。

◆大岩剛(おおいわ・ごう)1972年(昭47)6月23日、静岡県清水市(現静岡市)生まれ。清水商高から筑波大を経て95年に名古屋入団。00年から磐田、03年から鹿島でプレー。10年に引退。J1通算386試合出場10得点。日本代表としては3試合無得点。11年から鹿島コーチ。17年途中から監督に昇格し、リーグ制覇。18年にACLでクラブ悲願の初優勝。21年4月にU-18代表、同年12月にパリ五輪を目指すU-21代表監督に就任。家族は夫人と2男1女。180センチ。

◆池田太(いけだ・ふとし)1970年(昭45)10月4日、東京都小金井市生まれ。武南高から青山学院大を経て93年に浦和入団。96年に引退。J1通算53試合1得点。97年から指導者として浦和のトップチームや下部組織を担当。12年から福岡でコーチ、一時は監督代行も任された。17年に女子のU-19代表監督に就任。翌18年にU-20女子W杯で初優勝に導く。東京五輪後の21年10月、なでしこジャパン監督に就任。家族は夫人と2女。177センチ。