1日に80歳で亡くなったイビチャ・オシム氏のもと、ジェフユナイテッド千葉でコーチを務めた江尻篤彦氏(54=現J2東京ヴェルディ強化部長)がオンラインでメディアの取材に対応。オシム氏への感謝の気持ちや同氏から学んだことについて振り返った。

-訃報を聞いたのは?

江尻氏 (昨日の)夜ですね。あまり体調が良くないという話を聞いていたので、小倉さん(ジェフ千葉での同僚でコーチだった小倉勉氏)とグラーツに行きたいねという話はしていた。でもコロナで行けなくて。(オシム氏が)あまり家から出ていないという話は聞いていました。

-オシム氏から学んだことは?

江尻氏 サッカーのことをあげるときりがないですけど、それ以外の私生活のことも。練習の時にはオシムさんを家まで迎えにいき、(当時の)姉崎のグラウンドまで1時間ちょっと車を走らせて。練習が終わってまた話をして。途中で行き着けの中華料理店で「飯食うぞ」って。オシムさんは一杯やりながら、人生観みたいなものも僕ら2人は学ばせていただいた。

-どんな話をしていたのか?

江尻氏 サッカーは今、純粋じゃないという話を当時からされていて。お金が絡んだり、政治が絡んだり、宗教が絡んだり、戦争が絡んだり。日本の狭いコミュニティーの中の我々としたらその時には理解できないことも多々あったんですけど、今ロシアがウクライナへ侵攻するのをニュースで見て、我々とは次元が違う中でお仕事をしてきたんだなと。よく野心を持てという話をされていたんですけど、そのためにもっと考えて、見聞を広げろとおっしゃっていて。オシムさんの教えが今の僕の支えになっているのは間違いない。

-オシムさんのサッカーから学んだことは?

江尻氏 フィジカルの部分とメンタリティーは絶対に外せない方でした。インテンシティー(強度)という言葉が主流になってますけど、03、04年の時もメンタルとフィジカルが融合されたサッカーを志向していた。当時「考えて走る」ということになっていましたけど今で言うインテンシティー。走行距離、スプリントの回数、距離とか、そこのところとメンタルの部分を組み合わせて、ハードワークが大事だと当時からおっしゃっていた。

-現在、強化を担当している東京Vでもオシム氏の考え方を受け継いでいくのか?

江尻氏 根本的に僕の中にオシムさんの考えは根強く残っている。ものすごい色濃い時間だったので。今、プレミアリーグや欧州CLでも活躍しているリバプールやマンチェスター・シティーにもあの当時のもの(オシム氏の戦術)がつながっている。あの当時から今のリバプールやシティーのようなインテンシティーをものすごく求めていた。

我々が駆け出しのコーチだったので細かい事を言っても分からないだろうと、オシムさんはよく選手を選ぶ時「走れる選手を連れてこい」と言っていた。今、自分が強化の責任者になった時、「走れる選手を連れてこい」の意味が良く分かる。今のヴェルディの戦い方からしても、走らなければ勝てないというのを身に染みて感じています。

-オシム氏が求めていた戦い方とは?

江尻氏 オシムさんは日本らしい、日本人がやるサッカーをするべきだとすごく言っていた。第2次世界大戦で敗北した日本が何十年で近代化に移行して先進国になった。侍の時代から脈々と受け継がれる規律とか組織を大事にする文化とか、そういうものを取り入れて、「日本化」と言っていたんですけど、日本人にしかできないサッカーで世界に打って出ることは絶対にできると言っていた。体は小さいけどすばしっこいし、最後までやり切るメンタリティーも持っている。組織も大事にする。必要なものが文化としてあるじゃないかとよくおっしゃっていた。

-オシム氏は未来を予見する能力に長けていた

江尻氏 レミーというカードゲームをやるんです。日本でいう麻雀に似ているゲーム。試合の前日、2時~3時くらいまで。僕らは翌日、選手と一緒に起きて体を動かさないといけないのに。オシムさんは昼くらいまで寝てるんですけど。その時に間違ったカードを捨ててしまって他の人が上がってしまうと、コツンと頭を叩かれて「なんでこれを捨てたんだ」と。サッカーの選手交代と同じで1手先を読むとか、未来を見てるんです。起きたことをしっかり分析して未来を見る。僕もそういうふうになれたらいいなと思ってるんですけど、次元が違う。

-あらためてオシム氏が亡くなった心境は?

江尻氏 信じられないと。190何センチの巨漢で、脳梗塞で倒れた時も信じられなかった。(オシム氏は)常に怖い。僕らスタッフも小倉さんと2人で選手の前で走らされた。「お前ら2人が俺の戦術を理解していない」って走らされて、それを見て選手が笑うという。そのくらい、今思うとマネジメントのうまい方だった。

自宅まで送った時に夜の9時とか10時で、家に帰って寝たいなと思っても「暇か?」と聞かれると「暇です」というしかない。ビールをポンと置かれて(つまみを料理するために)オシムさんが台所に立つんです。(怖そうだけど)温かいし、僕らみたいな若輩者に対してもリスペクトしていただいていると感じていた。

-最近、連絡は?

江尻氏 人を介しては去年の秋くらいには「頑張って、ヴェルディで仕事をしっかりやれ」と言ってくれていたようなので、今僕がやれる最善の仕事をしたいなとあらためて思います。

-もしもう1度、オシム氏に会えるとしたら聞いてみたいことは?

江尻氏 オシムさんにロシアのウクライナへの侵攻をどう思ってるのか聞いてみたいし、悲しんでいると思う。自分が育った町のスタジアムが戦場になっているという話を聞かされたので。