槙野智章を取材したのは浦和を担当した13、14年の2シーズンのみだった。
どんな話を振っても、この日の会見のように立て板に水で答えてくれた。「Jリーグのため」は当時も今も一緒だ。そんな彼が、練習後の声かけに立ち止まらなかったことが1度だけある。14年3月9日。前日8日に「JAPANESE ONLY」という、差別的な幕がスタジアム通路側に掲示された。その出来事を槙野はSNSで「許されることではない」と発信した。騒動になることは分かっていた。
9日の練習後に話を聞こうとしたが、立ち止まらなかった。クラブから止められていたのかもしれないし、本人の意向だったのかもしれない。一瞬、足を止めかけたが振り切るように引き揚げた様子から、どちらなのかは察した。静観することが正解だったのかもしれない。拡散することで悪者になる恐れはあってもやる、この行動こそが槙野だ。当時のJリーグチェアマンは村井満さん。チェアマンが言っていた「天日干しで組織は強くなる」を地で行った。
会見では、やり続けたことを「アンチをつけること」と言っていた。これも14年、書籍出版の取材会に行った時だ。出版することに複数のアンチはネット上で「そんな場合じゃないだろ」と書き込んだ。それらのコメントを「こんなに書き込まれてるよ」と喜々として見せてきた。あぜんとしたが、その本のタイトルが「ビッグ・ハート」で妙に納得した。関心があるからこそのアンチ。アンチは無関心ではない。その人たちを振り向かせるため、必死にプレーしていた。
槙野監督になったらどんなチームになるのだろうか。監督兼GM兼代表兼広報兼解説者兼…選手。これからの長い人生、楽しみしかない。【13、14年浦和担当・高橋悟史】



