元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(67)の「トルシエ主義」。第2回は決勝戦を振り返りながら大会を総括。母国フランスの戦い方や監督経験のあるモロッコの躍進について独自の視点で解説した。開催国カタールなどアラブ諸国での指導実績も豊富な同氏は、初のアラブ開催の意義を強調。「最高のW杯だった」と評価した。【取材・構成 荻島弘一 通訳フローラン・ダバディー】
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素晴らしい大会だった。大会全体の良さは、決勝戦が物語っている。試合から少したつが、世界中のメディアからアルゼンチンとフランスの決勝に対して「史上最高に面白かった」という声が聞こえてくる。これが決勝戦への評価だ。
アルゼンチンは優勝に値するパフォーマンスをみせた。スカロニ監督は試合ごとに柔軟に戦術、フォーメーションを変えた。選手を休ませたり、戻したり、バランスと洞察力があった。決勝前はフランスの方が戦術的にもチームのまとまりも上と言われたが、逆だった。初戦でサウジアラビアに敗れて難しいかと思ったが、そこから立ち直る精神力には脱帽させられた。
フランスは良くも悪くもデシャン監督のチーム。一言で表すなら保守的だ。ただ、決勝は0-2となったことで必然的に変わることになった。80分までは、いつものデシャン監督。ベテランを大事にして慎重に戦ったが、アルゼンチンに対しては限界もあった。
80分以降、自分の保守性を捨てた。一気に若手を起用し、日本代表に似たような全員攻撃をした。皮肉なことに、フランスが勝てなかった昔の西ドイツのようだった。それをファンが望んでいるかは別の話だが。
準々決勝イングランド戦や準決勝モロッコ戦は、以前のフランスなら勝てていなかったかもしれない。デシャン監督はエムバペを生かすカウンター戦術などでリアリズムをみせた。決勝前半も、準決勝に続いて相手にボールを持たせてカウンターを狙った。それが良かったのかという疑問はあるし、勝つことだけがフランスにとって良かったのかは何とも言えない。
うれしかったのは、モロッコの快進撃とアフリカ大陸のチームのパフォーマンスが良かったことだ。理由はいろいろあるが、モロッコに関してはアラブ地域初開催に後押しされた。選手たちも責任を感じていた。アフリカの強豪がホームのようなところで大会を迎えたのは初。10年に南アフリカ大会はあったが、同じアフリカでも北部と中部、南部では明らかに違う。
モロッコは、もともと選手の質が高い。欧州5大リーグのトップレベルのチームでプレーをしている。そこに規律と戦術の進化が加わった。今のレグラギ監督だけでなく、ここ10年ほどで何人かの素晴らしい監督を迎えている。ナショナルトレセンをつくった協会の力も大きかった。
素晴らしい試合がたくさんあった今大会だが、ハード面でも最高だった。スタジアムは、ほとんどがサッカー専用。どこからでも見やすかった。何試合かはテレビで見たが、中継も進化し、多方向からのカメラで迫力を伝えたことで、試合内容が際だった。治安、テロ対策も万全。舞台裏までオープンで、チームのロッカールームまで見せた。
コンパクトな大会だったことも特筆すべきだ。1日2、3試合見ることも可能だったが、これは前例のないもの。移動も含めて観戦する側は快適だった。限られたスペースで、全世界から集まったサポーターが共存していた。非常に平和的で、素晴らしい光景。何の問題もなく、無事に終わった。見事な運営だった。
カタールでの開催には否定的な意見も多かった。ただ、これだけは言わせてほしい。私は日本代表の直後にカタール代表の監督をした。そこで見たのは、国民のサッカーに対する情熱、愛情だった。決して偽物ではない。彼らは本気でサッカーを愛している。サッカー文化も発展している。今大会は試合内容が素晴らしく、運営もよかった。アラブにとって、とても意義ある大会だったといえる。