「アンス! アンス! アンス!」、「10番の復帰」、「10番のお祭り」。これは9月26日のレバンテ戦で11カ月ぶりとなった戦列復帰を自らのゴールで祝ったバルセロナの新10番、スペイン代表FWアンス・ファティ(18)をたたえるスペイン各紙の1面を飾った見出しである。

バルセロナの下部組織出身のアンス・ファティは、19年8月、16歳でトップチームデビューを果たすと、さまざまな最年少記録を次々と塗り替え、そのあふれる才能を世界中に見せつけた。

そして昨夏、チームは欧州チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝でバイエルン・ミュンヘンに2-8の惨敗を喫し、負のイメージを残したまま19-20シーズンの幕を閉じた後、新監督にクーマンを迎え、メッシ退団騒動やルイス・スアレス、ラキティッチなどのベテラン勢放出などの問題を抱えながら昨季をスタートしたため、アンス・ファティには新生バルセロナの旗手として大きな期待が寄せられていた。

その期待に応えるように、シーズン開幕からレギュラーの座を確保し、最初の9試合全てに出場。そのうち7試合にスタメン入りし、メッシと並ぶチームトップの5ゴールを決める大活躍を見せ、瞬く間にスターの階段を上っていった。しかし10試合目となった11月7日のベティス戦で不運が訪れる。先発出場するも、左膝内側半月板損傷の重傷を負って途中交代を余儀なくされてしまう。

手術後、全治4カ月と診断されたが、バルサ医療チームの見通しの甘さもあり、回復状況が思わしくないことから今年5月に4回目の手術を受け、今夏の欧州選手権および東京オリンピック(五輪)参加の機会を逃すことになった。

そして迎えた9月26日、待望の瞬間がついにやって来る。レバンテ戦の後半36分、323日ぶりにメッシから引き継いだ10番を背負った18歳がピッチに立った。同ロスタイムに復帰後初得点をいきなり記録して3-0の圧勝を飾ったチームに貢献するとともに、11カ月にも及ぶ長いトンネルから抜け出すことに成功した。

本人は試合後、「こんな形で復帰できるなんて想像もしていなかった。レオの後にその番号を付けられることを誇りに感じている」と喜びをかみ締めるようにコメントしていた。

アンス・ファティが長期のリハビリに取り組む中、バルセロナは昨季、国王杯優勝のみで終了。そして今夏、新型コロナウイルスの影響による財政難が続いていることと、スペインリーグの厳格なサラリーキャップ(移籍金の減価償却費や選手年俸などの限度額)によりメッシ放出を余儀なくされ、さらに移籍市場の最終日には昨季のリーグ王者アトレチコ・マドリードにグリーズマンを期限付き移籍で出すことになった。

今季ここまでの公式戦成績は8試合3勝3分け2敗。国内リーグは消化試合が1試合少ない中、6試合3勝3分けの勝ち点12と無敗を維持し6位につけている一方、欧州CLでは開幕からバイエルン・ミュンヘン、ベンフィカ相手に0-3の惨敗を喫し、1次リーグ敗退が現実味を帯びてきた。

さらに先日発表されたばかりの今季のサラリーキャップでは、新型コロナウイルスの感染拡大とバルトメウ前会長時代のずさんな経営が大きく影響し、スペイン1部トップであるレアル・マドリードの7分の1以下となり、クラブの窮状が改めて浮き彫りとなった。

莫大(ばくだい)な収入のあった新型コロナウイルス感染拡大前の19-20シーズンのサラリーキャップは6億7143万ユーロ(約872億8590万円)。Rマドリードを約3000万ユーロ(約39億円)上回り、スペイン1部トップだった。一方、コロナ禍の昨季は2億8872万ユーロ(約375億3360万円)減の3億8271万ユーロ(約497億5230万円)となり、Rマドリードにトップの座を譲り2位となった。

しかしバルセロナの急落はこれにとどまらない。コロナ禍が続く今季も収入確保に苦しみ経営を立て直すことができなかった。さらに2億8477万ユーロ(約370億2010万円)減となり、今季のサラリーキャップは9794万ユーロ(約127億3220万円)で7位にまで落ち込んだ。Rマドリードだけでなく、セビリア、アトレチコ・マドリード、ビリャレアル、レアル・ソシエダード、ビルバオも下回る非常に厳しい事態となり、とてもビッグクラブとは言い難い状況に陥っている。

ここ5試合でわずか1勝という極度の成績不振で監督解任も間近と報じられ、暗闇の中をさまようバルセロナ。そのタイミングで戦列復帰を果たしたメッシの10番を引き継いだ18歳に再び大きな期待が寄せられている。今後、アンス・ファティがクラブの希望の光となるのか注目が集まる。

【高橋智行通信員】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「スペイン発サッカー紀行」)