日本初の2大会連続で指揮を執る森保一監督(57)が、W杯で自国最多の「監督3勝目」を挙げた。過去7大会で1勝3分け3敗と苦しんできた1次リーグ第2戦。自身も前回大会でコスタリカに0-1の苦杯をなめたが、この日は4-0大勝で進歩を証明。「鬼門」を難なく打ち破った。海外では初の2戦目勝利で負の歴史に終止符を打った。
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重かった扉も、経験を積んだ森保監督には難なく押し開けられた。W杯1000試合目。日本だけでなくアジア勢としても最多の4発で花を添え「記念になる試合、世界中が見てくれた試合で勝利を飾ることができてうれしい」と喜んだ。
歴史を塗り替えた。第2戦で勝った。唯一の勝利は自国開催の02年日韓大会ロシア戦(1-0)。宿敵韓国も1954年以来、第2戦は4分け8敗と未勝利のままで、日本も海外開催W杯では3分け3敗だった。
その鬼門を初突破。念願の勝ち点3をつかめた背景には、周到なチームづくりがあった。初戦直後。コーチが2戦目の戦績をチームに共有した。試合2日前には5大会連続選出のDF長友が選手ミーティングで訴えた。自身が出場した過去4大会で「2戦目を勝ったことが一度もない」と引き締め、森保監督も「いい緊張感をもって2戦目に向かってくれたことが大きかった。経験ある選手たちが全体に伝えてくれることは我々の強み」とうなずいた。
同じ轍(てつ)も踏まなかった。W杯で初采配の4年前は「ドーハの歓喜」を実現。初戦で優勝4度のドイツに2-1で劇的に逆転勝ちしながら、大きくメンバーを入れ替えた結果、失敗した。初戦でスペインに7失点して惨敗していたコスタリカに、第2戦で0-1。たった1本の枠内シュートを、ものにされた。
今回は試合間隔も空いただけに、オランダ戦の善戦メンバー維持でも定石だったが、初戦から4人を交代し勝ち切った。MF久保まで負傷に見舞われ、空いたシャドー(トップ下)にボランチ鎌田を1年ぶりに上げると、日本最速の4分で先制ゴール。「起点になるだけではなく、危険なところに入ってゴールを奪う」結果を引き出した。2人を入れ替えた3バックも12年ぶりの完封劇に貢献した。
1930年にウルグアイで第1回を迎えて96年、通算1000試合目。日本としても初の「監督3勝目」で彩ったが、己の記録は「興味がない」と表情も変えずに即答した。一方で「より高みを目指して日本の歴史を変えることには、もっともっとチャレンジし、より多くの方々に日本の成長を感じていただける結果を出したい」。新しい景色=初8強、最高の景色=優勝へ。鬼門の先には可能性が広がっている。【佐藤成】


