日本人悲願の9秒台にダークホースが急浮上した。多田修平(20=関学大)が男子100メートル準決勝で追い風4・5メートルの参考記録ながら9秒94をマークした。電気計時での9秒台計測は桐生祥秀(東洋大)とケンブリッジ飛鳥(ナイキ)に続く3人目、国内のレースでは日本勢初だった。追い風1・9メートルの決勝は日本歴代7位に並ぶ10秒08で優勝。8月の世界選手権(ロンドン)の参加標準記録10秒12を突破し、代表争いに名乗りを上げた。

 新星が衝撃的なタイムを刻んだ。準決勝。速いピッチを刻み、フィニッシュラインを越えた多田は確かな自信があった。「10秒0台か1台かな」。笑顔で時計を見た。9秒94。想定をはるかに超える数字だった。「びっくりしました。間違いじゃないかと思いました。まさかあんなタイムが出るとは」と目を丸くした。

 追い風4・5メートルの参考記録とはいえ、電気計時での9秒台計測は桐生、ケンブリッジに続く3人目。国内大会では歴代最高タイムだった。これまでの自己記録は10秒22。高校3年時の高校総体は6着と表彰台にも上がれなかった伏兵が主役に躍り出た。

 その後の決勝は10秒08をマーク。公認記録となる条件で桐生、山県、ケンブリッジ、飯塚に続く5人目となる世界選手権の参加標準記録の突破者となった。「日本選手権では表彰台に上がりたい」。男子100メートルの枠は3。銀メダルを獲得したリオデジャネイロ五輪400メートルリレーメンバーの牙城も崩せる可能性を示した。

 転機は今年2月だった。3週間、米テキサス州での合宿に参加した。その場に元世界記録保持者で自己記録9秒72を持つアサファ・パウエル(ジャマイカ)がいた。「45度で上に出るイメージで出るんだ」とスタートの極意を教わった。もともと低いスタートを意識するあまり、ブレーキがかかっていた。その癖が改善され、流れるような加速になった。通訳を介しての指導で自分は無名の存在。それでも親身に教えてくれたパウエルの思いに応えたかった。先月21日のセイコーゴールデンGP川崎ではリオ五輪銀メダリスト・ガトリン(米国)に50メートル付近までリード。「驚いたよ」と言われるほどロケットスタートが武器になった。

 視線は既に世界に向いている。「東京五輪までには9秒台を出したい。個人で決勝に残り、世界で渡り合える選手になりたい」。急成長を続ける20歳。日本人初の9秒台は桐生でも山県でもなく、この新星かもしれない。【上田悠太】