女子マラソンで00年シドニー五輪金メダリストの「Qちゃん」こと高橋尚子さん(46)らを育てた名指導者、小出義雄さんの葬儀・告別式が29日、千葉・さくら斎場で始まった。小出さんは24日朝に肺炎のため、80歳で亡くなっていた。

高橋さんや92年バルセロナ、96年アトランタの両五輪メダリストの有森裕子さん(52)市船橋高時は担任、卒業後もリクルート、積水化学で指導を受けた97年世界選手権女子マラソン金メダリストの鈴木博美さん(50)日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(62)らが参列した。高橋さん、有森さんは開始から涙が止まらなかった。喪主は妻の小出啓子さん。

高橋さんらが弔辞を務め「監督、高橋です。Qです。つい先日までこう呼びかけると“おう分かるよ”と言ってくれた。でも、もう手を握り返してくれることもありません。信じられません」と涙ながらに、小出氏に語りかけるように始めた。弔辞を最後の手紙として続ける。「最後のお手紙を読ませていただくことを嬉しく思います。監督の貴重な時間を費やしてくださってありがとうございました。オリンピックに出させてくださって、世界記録を出させてくださってありがとうございました。最後まで頑張れる姿、諦めない姿を改めて学ばせてもらいました。ずっと気にしていた東京オリンピックも空の上でビールでも飲みながら見守ってください」と呼びかけた。

小出さんは1939年(昭14)4月15日、千葉・佐倉市生まれ。千葉・山武農高(現大網高)を卒業後、4年間の浪人を経て、順大に入学。箱根駅伝に3年連続で出場した。65年から教員となり、千葉県立長生高-佐倉高-市船橋高と23年間、陸上部監督を歴任。佐倉高時代の78、79年に高校駅伝出場、市船橋高時代の86年には全国制覇した。

88年にリクルート入社。同社ランニングクラブ監督を経て97年に積水化学女子陸上部監督に就任。01年に佐倉アスリート倶楽部を設立し代表取締役兼監督に就任した。02年12月に積水化学を退社し、佐倉アスリート倶楽部に籍を置き豊田自動織機やユニバーサルエンターテインメントなどで指導していた。有森さん、高橋さん、鈴木さん、千葉真子さん(42)ら平成の歴史を彩った多くの名ランナーを育成した。

今年3月下旬からは千葉県内の病院に入院していた。3月末には指導の第一線を外れ、死期を悟り、教え子に電話をかけていた。