「『スポーツ×食』オンラインセミナー~世界と戦うアスリートだけが知っている明日から『食』でもっと強くなる方法~」の第2回が行われた。第1回はラグビー元日本代表キャプテンの廣瀬俊朗さんがゲスト。今回はサッカー元日本代表GK川口能活さんをゲストに迎えた。

講師は第1回に引き続き、公認スポーツ栄養士の橋本玲子先生だ。もともと橋本先生は横浜マリノス(現横浜F・マリノス)の栄養管理を担当していたこともあり、20年ぶりという川口さんの当時の様子もうかがうことができた。


「スポーツ×食」オンラインセミナーの様子
「スポーツ×食」オンラインセミナーの様子

川口さんは現役時代に「炎の守護神」と呼ばれた名ゴールキーパーだ。アトランタ五輪で活躍し、日本代表としてはワールドカップに4大会連続で代表メンバー入り。ヨーロッパでもプレーし、2018年まで25年間も現役時代を過ごしている。

Jリーグ設立が1991年。川口さんが横浜マリノスに加入したのは1994年。まさに日本中がサッカーブームだった。埼玉出身の私も、地元の浦和レッズを家族で応援していたことを思い出す。小学生の時は、応援するサッカーチームのユニホームをクラスメートがこぞって着用していた。

そんな憧れだったJリーガーと、食について話すこと自体が夢のようだったが、橋本先生も「一番ストイック」という印象をうけるくらい、川口さんは食事に気をつけていたようだ。たとえば「油は食べない。揚げ物は食べない。卵の黄身は食べない。サラダはドレッシングなし」。徹底的に節制していた。なぜそこまで、食事に気をつけるようになったのか。一番の理由は、プロ1年目の屈辱、挫折を経験したことによる「気づき」だった。

出場機会がなく、このままではプロでは通用しないと痛感した。川口さんの身長は180センチと、プロのGKとしては大きい方ではない。どうやったら、高く、速く、跳べるのか、動けるのかを考え、体脂肪は7~8%をキープしたという。

Jリーグというプロリーグに加入しても、そこがゴールではない。目標は出場し、活躍すること。このシンプルな志の先に、見えない努力、探究心、向上心、意欲がある。これこそが自分が選んだ競技(人生)へ真摯(しんし)に向き合う、誠実に向き合う姿勢そのものだと、改めて感動した。


川口氏の引退セレモニー(2018年)
川口氏の引退セレモニー(2018年)

私は、やりきった人、やり切れる人を見ると、自分がちっぽけに思えて、謙虚さをさらに覚える。どちらかというと、そういう人を見ると応援したくなるし、自分ももっと頑張ろうと思えるタイプだと、引退して気がついた。遅いかもしれないが、競技している最中は「負けたくない」ことにとらわれていた。

橋本先生は「当時、私のことを選手たちにはなかなか受け入れてもらえなかった」と話す。現在はエリートアスリートのサポートというのは細分化されている。競技の指導者だけでなく、栄養、フィットネス、トレーニング、心理、動作分析、映像・情報技術など、1人の選手に多くの専門家が関わっているのが当たり前だ。しかし当時は監督やコーチがほぼすべての役割を担っていたこともあり、選手と専門家の関わり合い方は、試行錯誤の時代だった。

栄養がどれだけ重要なのか、トレーニング後の食事はどのように取るのがよいのか。時代が進み、変化をしているのだから、細分化されるのも当たり前のことだろう。記録競技であれば、記録が更新されているのだから、記録更新を常に求められるエリートアスリートは、栄養も含めさまざまな要素を考えずにはいられないだろう。

今の時代があるのは、過去のアスリートやコーチ、指導者がいてくれたから。川口さんが「橋本先生があのとき指導してくださったから今こうやって栄養の話を自分もできている」というように、時代の背景を知ることは大変意味があるし、リスペクトを生むと私は感じる。また、細分化されているサポート体制は素晴らしいが、このステークホルダーをつなぐ役割つまりマネジメントしていくことも課題はあるように思う。

今回のこのセミナーはいろいろな側面を考える機会になった。川口さん、橋本先生、本当にありがとうございました。(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)