1992年アルベールビル五輪(オリンピック)フィギュアスケート女子フリーで、伊藤みどりさんが五輪女子史上初のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決めた。男子並みの高さと高速回転の完璧なジャンプを着氷した瞬間、会場に万雷の拍手と歓声が鳴り響いた。担当記者としてあの歴史的瞬間に居合わせたのは幸運だった。
ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケート女子ショートプログラム(SP)で、17歳の中井亜美がトリプルアクセルを決めてトップに立った。五輪では伊藤さん、浅田真央さん、樋口新葉さんに続く4人目の成功者になったが、躍動感に満ちた小さな体で高く跳ね上がり、高速回転で着氷する姿は、あの34年前の伊藤さんに最も近いと思った。
伊藤さんが非公式ながらこの大技を初めて跳んだのは14歳。ルッツを成功させて5種類の3回転をマスターした天才少女は、男子の映像をお手本に半回転多いアクセルに挑戦。半年ほどで跳べるようになったという。体への負担の大きさからいったんは封印したが、初出場の88年カルガリー五輪で男子のジャンプに刺激を受けて再挑戦を決意。同年のNHK杯で初めて国際大会で成功させて、世界を驚かせた。
それまでフィギュアスケートはバレエのような演技の美しさが重視されていた。欧米人に比べて小柄で手足の短い東洋人にはハンディがあった。それが未知の大技の登場で、従来の芸術性に加えてジャンプの難度と完成度を競い合うスポーツへと進化した。伊藤さんが新たな時代を切り開いたことで、日本人にもチャンスが広がったのだ。
02年に日本女子2人目の成功者となった中野友加里さんも、伊藤さんと同じ山田満知子コーチの門下生。幼い頃から偉大な先輩を間近で見てきたことが背中を押した。その中野さんの後輩が10年バンクーバー五輪でこの大技を計3度決めて銀メダリストになった浅田さん。中井はその浅田さんに憧れて競技を始めた。トリプルアクセルの系譜は世代を超えて線でつながっていたのだと思った。
アルベールビルで伊藤さんはオリジナルプログラム(当時)のルッツで転倒して4位と出遅れた。フリーでも1回目のトリプルアクセルに失敗したが「どうしても跳びたい」と後半に再チャレンジして銀メダル。日本フィギュア初の表彰台に上がった。日本時間20日未明に中井は最終演技者としてフリーに臨む。日本伝統のトリプルアクセルが、五輪にまた新たな歴史を刻む。【首藤正徳】










