国立競技場で23日に行われた陸上セイコー・ゴールデングランプリ。女子1500メートルで田中希実(20=豊田自動織機TC)が4分5秒27をマークし、日本記録を塗り替えた。この“新国立での日本新1号”が生まれた裏側には、約30分前に、元選手で父の健智コーチ(49)が、競技場の外で人知れず繰り広げた“激走”のアシストがあった。

日本記録を打ち立てたあとの記者会見で田中は「レース前にトラブルがあって頭が真っ白になった」と明かした。そのトラブルとはシューズに関するもの。世界陸連により先月、800メートル以上のトラックレースでは靴底は厚さ2・5センチ以内と新たな基準が設けられた。田中の所属チームはそれに合わせたシューズを用意していたはずだったが、レースの約25分前、選手招集が始まった段階になり、新基準に適していないとの指摘を受けた。

スタート直前に発生した緊急事態。チームメートは競技場に持ち込んでいた別の靴に履き替えるなどして対応したが、あいにく田中の予備シューズは競技場近くの宿舎に置いてあった。健智コーチは大急ぎでそれを求め、競技場とホテル間を「往復10分」で疾走。現役時代は長距離走者だった健脚を発揮し、時間までにバトンならぬシューズをしっかりと娘に手渡した。そのスパイクを履いた田中は「無心」で駆け抜け、14年ぶりの日本記録を樹立した。

同志社大3年の田中は大学の陸上部には所属せず、父の指導を仰ぎながら親子二人三脚で東京五輪を目指している。レース後に健智コーチは「あのトラブルがあったことで雑念がなくなり、開き直って走れたのでは」と、快記録を打ち立てた娘の走りに笑顔。「世界を目指すという言葉が、うそじゃなくなった」とうなずいた。【奥岡幹浩】(日刊スポーツ・コム/スポーツコラム「WeLoveSports」)

女子1500メートルで日本新記録を出し優勝した田中希実(2020年8月23日撮影)
女子1500メートルで日本新記録を出し優勝した田中希実(2020年8月23日撮影)