体操男子で長くあん馬の第一人者として活躍する亀山耕平(32=徳洲会)が東京オリンピック(五輪)代表を決めた。18年からの種目別国際大会の成績で、国際体操連盟の個人枠の基準を満たした。13年の世界王者が、32歳にして初舞台を踏む。女子は平均台の芦川うらら(18=静岡新聞SBS)が初の出場権を獲得した。

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ドーハで行われたW杯最終戦を終えて2日。亀山の元に吉報が届いた。各種目1人だけが選ばれる狭き門をくぐった。ついに、見定め続けた目標を遂げた。

13年にあん馬で世界選手権に優勝。手足の長さで大きく見せる欧米選手向きの種目で、日本人では03年の鹿島以来2人目の快挙だった。その当時を、「一時期、どう見られるかを気にしている時もあった。世界王者になり、ほんとに分からなくなった。良いもの食べたり良いもの着たりとか。発言もちゃんとしたことやるのが王者なのかなと、見られ方を気にした時があった」と振り返る。

その最たる姿が「アフロ」だろう。強烈な印象を残したアフロ姿は15年に、歌手ブルーノ・マーズを模したものだった。注目度を狙った奇抜さは、その通りに話題となったが…。

「アフロは劣等感から出ていたんです。メダルを取った時に(白井)健三が同じ時期にいたけど、彼の方が(名前が)売れました。それで劣等感で。そういう表現になっていった」。いまは全く考えが違う。

16年リオ五輪で落選後、人生の先を考えた。「体操やめようかな」。悔しさより、13年の金メダルで満足している自分もいた。熱が入らない日々だった。ある時、考えに考え抜いた。1日10時間、ノートに心境を書き続けた。突き詰めると、1つの思いが最も重く残った。「体操やることが一番幸せにつながっている」。

現役を引退して早くビジネスに乗り出さないと、手遅れになる…。もたげていた懸念は「いまやらないと後悔する」に変わった。「60歳くらいの時に、『五輪を本気で目指していたら、いけたかも』とか、カップ酒片手に言っていたら、もったいないなと。いまやり切った方が良いと」。

周囲がどう見るか、とらわれていた過去を自省できた。他と比べるのではなく、何が幸せか。それからは一層、あん馬に打ち込んできた。演技の心持ちも変わった。「どこを見てもらいたい、特徴はとかあるんですけど、どう思ってくれても良いというスタンスに変わってきましたね。平行棒や床運動など、好きはそれぞれ。ちゃんとできている自分が良いなと。手を挙げて、試合で、頑張っている自分さえいればいいなと。どう見られたいかは極端になくなった」。

惑わされない。全8戦の種目別のW杯シリーズは、第3戦から参加し、「頑張る」だけだった。5試合で優勝2度、3位2度と渡り合った。ドーハでは同門で跳馬の米倉との1枠を巡る争いもあった。そして、つかんだ。

32歳。12年ロンドン、16年リオのメダリストの平均年齢が23・4歳など、他競技に比べてピークが低年齢の傾向がある体操にあって、30歳を超えての初出場は異例だ。日本では52年ヘルシンキ五輪に32歳で臨んだ竹本正男の例はあるが、第2次世界大戦による中止や、敗戦国で参加がかなわなかった経緯があった。

諦めず、頑張る自分を折らなかったから届いた舞台。「32歳での初出場は価値がありませんか?」。そう聞くと、「う~ん、そうかもしれないですけど、それはそう感じてもらえれば。自分はそこは気にならないですね」と返した。

7月24日、男子予選。あん馬に手を突き、演技を始める。それだけを考える。【体操担当=阿部健吾】

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

全日本選手権のあん馬で華麗な演技を見せる亀山耕平=2021年4月16日(代表撮影)
全日本選手権のあん馬で華麗な演技を見せる亀山耕平=2021年4月16日(代表撮影)
体操全日本選手権のあん馬の演技を終えた亀山=2020年12月11日(代表撮影)
体操全日本選手権のあん馬の演技を終えた亀山=2020年12月11日(代表撮影)