打者大谷が“開幕”1号だ。日本ハム大谷翔平投手(21)が「6番DH」で今季初めて野手出場したオリックス戦(札幌ドーム)で、自己最多5打点の大暴れ。5点リードの5回無死一、二塁から左中間スタンドへ運び、犠飛に適時打と13-3の大勝に貢献した。25日の開幕戦で投手として黒星を喫した鬱憤(うっぷん)を、本拠地開幕戦のバットで晴らした。

 内寄りの直球を振り抜いた。5回無死一、二塁。大谷の代名詞でもある左方向への大飛球。「コースに構わず振っていければいい。必ずしも芯だけで打たなくてもいいと思う」。やや差し込まれ詰まったが、押し込んだ。しっかりとスイングしたことで、左中間フェンスを越えた。開幕黒星から中3日。打者の“開幕戦”で今季初安打、チームの第1号本塁打を放った。「悔しい思いがあったので、バットで返したかった」。母加代子さん、姉結香さんも見守る満員のスタンドが、揺れた。

 1回1死満塁で犠飛を放った第1打席から、徹底した内角攻めにあった。より厳しくなる配球にも、大谷が一枚上手だった。「ずっと来ていたので、内角を狙っていました。逆に絞りやすくなった」。厳しいマークをかいくぐり、初戦にその内角を打ち返したことに大きな意味があった。

 キャンプ中の2月6日、ベーブ・ルースの誕生日に合わせて、栗山監督から開幕投手を告げられた。同時に「二刀流」として、打撃成績もしっかりと残さなければいけない年と求められた。「(昨年は)打席の中で、しっかりとした待ち方で待てなかった。今年はまずまずいいスタート」。初戦から期待に応えた。

 指揮官は、大谷が投打で存在感を示すことが、優勝につながると考える。今年の元日。栗山監督は親しい知人や関係者へ、感謝の意と、今年の意気込みを伝えるため、小さな“お年玉袋”を配った。日本一を表す富士山が描かれた袋の中には、大谷の背番号にちなんで11円を入れて封をした。この日は、1928年のヤンキースがベーブ・ルースを擁してワールドシリーズを制した際、選手へ配られたのと同じモデルの腕時計をはめ、ヤンキースタジアムで実使用されたボールからつくられたカフスをつけて球場入り。すべての行動に、願いを込めていた。

 6回1死一、二塁の第4打席は、左打者対策でマウンドに上がったオリックスの左腕・大山から左前適時打。自己最多の1試合5打点目を挙げた。「4年目で、どういう投手、捕手がどういう配球をするのかも分かってきている」。人類史上初の20勝&20発へ。期待が膨らむ“開幕アーチ”だった。【本間翼】

 ▼大谷が犠飛、3ラン本塁打、適時打でマークした1試合5打点は自己最多。4打点は過去1度で、14年7月5日ロッテ戦(QVCマリン)で第1打席と第5打席に2ラン本塁打を放ちマーク。20歳の誕生日に4打点だった。

<大谷の年度別1号>

 ◆13年 7月10日楽天戦(コボスタ宮城)で永井の内角138キロ直球を右翼席中段まで運ぶプロ初本塁打。野手で30試合、92打席目(投手での打席含む)だった。

 ◆14年 4月23日ソフトバンク戦(東京ドーム)で寺原の高め145キロ直球を左中間スタンドへ運んだ。野手出場12試合、47打席目の1発。

 ◆15年 4月1日ロッテ戦(QVCマリン)で藤岡の直球をバックスクリーン直撃の特大アーチ。野手で2試合、6打席目に初アーチをかけた。