プレーバック日刊スポーツ! 過去の6月29日付紙面を振り返ります。2013年の1面(東京版)は中日山井のノーヒットノーランでした。

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<DeNA0-9中日>◇2013年6月28日◇横浜

 07年、あの日本シリーズから6年…。あの男がついに成し遂げた。中日山井大介投手(35)がDeNA10回戦(横浜)で、史上77人目(88度目)のノーヒットノーランを達成し、今季2勝目(3敗)をマーク。07年の日本シリーズ第5戦(ナゴヤドーム)では完全試合を目前にしながら9回に交代した落合博満前監督の采配が議論を呼んだ。WBC落選、シーズンでは不調と苦しんだ右腕が復活。昨年は3選手が成し遂げたが、今季は両リーグを通じ初の快挙だ。

 山井は、女房役の谷繁に抱きかかえられた。横浜の夜空のスコアボードにはゼロが9個並んだ。安打を示す「H」も0。ついに、ついにノーヒッターの仲間入りだ。仲間の手荒い祝福にトレードマークのゴーグルがずり落ち、帽子のひさしも横に向いた。見た目は決して良くなかったが、ヒーローは文句なしに格好良かった。お立ち台では「本当に、あの、信じられないですね。8回くらいから意識しました。僕1人でできたことではなく、チームのみんな、支えてもらった人に感謝しています」と興奮を抑えるように言った。

 決して調子は良くなかった。「狙ったところに何球いったかなというくらい」と振り返ったように、4四球と苦しんだ。同僚で球界屈指の制球を誇るエース吉見に「一番すごい球は、狙ったところに投げられる山井さんのスライダー」とあこがれさえ抱かせる超一級品のボールではなかった。では何が良かったのか? 気持ちの持ち方だった。

 1回に味方打線が一挙7点を奪ってくれた。投手陣が不振のチームは67試合完投なしの球団ワーストタイ。「初回にあれだけ取ってもらったので絶対に最後まで投げないといけないと思った」。9回完投という一点に意識を集中させていた。

 忘れもしない、6年前の日本シリーズ。8回までパーフェクトも、9回は岩瀬にマウンドを譲った。当時を思い返し、少し沈黙した。「考えてはなかったけど、できたという感じ」と感慨にふけった。神戸弘陵3年時の練習試合で9回2死から代打に振り遅れの右前打を打たれ、あと1人で失敗。04年のウエスタン・リーグ近鉄戦(豊橋)でも9回1死から安打を許した。3度目が日本シリーズ、そして10年の巨人戦(ナゴヤドーム)では9回先頭の坂本に被弾し交代。実に5度目の挑戦だった。「縁がないのかなと思っていました」。過去の失敗から学び、9回はスコアボードを見ずマウンドに立っていた。

 WBC日本代表から落選し、4月にはこの球場で昨季までの同僚ブランコに特大サヨナラ3ランを浴びた。「4月の悔しさを忘れずやってきました。本当にいい1日になりました」。やられたらやり返す-。これぞプロ。好投手山井が大きな勲章を手に入れた。

 ◆山井交代VTR 07年11月1日、中日が3勝1敗と優勝に王手をかけて迎えた日本ハムとの日本シリーズ第5戦(ナゴヤドーム)。先発の山井は得意のスライダーがさえ、1-0と1点リードの8回まで三振6、内野ゴロ12、内野飛球2、外野飛球4の完全投球。森バッテリーチーフコーチから状態を問われると「個人の記録は、この試合に関しては関係ない。最後は岩瀬さんに投げてほしかった。僕の方から『代わります』と言った」。9回表、落合監督は山井から岩瀬へ継投。岩瀬は9回を3人で抑え、中日は53年ぶりの日本一を達成。公式戦を含め、史上初めて継投での完全試合となった。

 ※記録や表記は当時のもの