<プロボクシング:WBO世界バンタム級タイトルマッチ12回戦>◇1日◇フィリピン・セブ市ウオーターフロント・セブシティーホテル&カジノ
日本に史上初の3兄弟世界王者が誕生した。WBO世界バンタム級5位の亀田和毅(22=亀田)が04年アテネ五輪フライ級8強のアマチュア実績を持つ同級王者パウルス・アンブンダ(32=ナミビア)に挑戦。王者の接近戦をかわし、右カウンターなどを的確にヒットさせ、最終12回までペースを守り3-0の判定勝利を飾った。メキシコ修行で孤独に耐え、長兄興毅(26)次兄大毅(24)の陰に隠れていた三男が、兄2人に続き世界ベルトを巻き、日本人初のWBO王座に輝いた。
ビクトリーコールを待たず、和毅はコーナーポストによじ登る。会場からわき起こる大歓声にガッツポーズで応じた。ジャッジ3人が4点差以上つけて支持する判定勝ち。「強い王者に大差で勝って自信になる。ここで負けたらどうしようと…重圧はあった」。プレッシャーから解き放たれた和毅は声を詰まらせ、うれし涙をタオルでぬぐった。
徹底ガードで接近戦を仕掛けてきた王者に、冷静なクリンチで対処しながら左フック、右カウンターをクリーンヒットさせた。「このままなら勝てると思った」。最終12回もKOを狙わず、リズムと軽快なステップで連打を当て、王者をスリップに追い込んだ。日本人初のWBO王座。赤ベルトを両手で抱きしめ「日本の誰も持っていないベルトが取れてうれしい」と感慨に浸った。
10年秋、興毅のWBA世界バンタム級王座決定戦が決まる直前、和毅は「世界戦をやりたい」と史郎氏に直訴した。既にバンタム級で地域王座を手にし、世界ランク入りしていた。「はよやらせてくれと言ったけど、無理やった。なんでチャンスをくれへんねん」。悔し涙を流しながら気持ちを抑えた。
「オヤジはオレのことを考えてくれる、と思うようにした」。2年以上も我慢して、世界をつかんだ。「3兄弟世界王者はオヤジの夢。育ててくれたオヤジに感謝したい。親孝行できたと思う」。涙を我慢する史郎氏にWBOベルトをそっと手渡した。
06年8月2日、長男興毅が初めて世界王座を獲得した後、亀田バッシングや世界戦での不適切指示で史郎氏がセコンドライセンス停止となった。苦難を乗り越え、7年後の13年8月1日、三男和毅が2つの快挙を遂げて締めくくった。「オレはラスベガスでビッグマッチができるボクサーになりたい」。兄2人とは違う、和毅の時代が幕を開ける。【藤中栄二】
◆亀田和毅(かめだ・ともき)1991年(平3)7月12日、大阪市生まれ。中学卒業後、メキシコでの武者修行を経て、08年11月、モレノ戦の2回KO勝ちでプロデビュー。10年8月にWBC世界ユース・バンタム級王座獲得。ニックネームは「亀田家の最終兵器」。28戦全勝(18KO)。身長170センチの右ボクサーファイター。

