ボクシング4団体統一スーパーバンタム級王者井上尚弥(33)が所属する大橋ジムの大橋秀行会長(61)が日刊スポーツに手記を寄せた。対戦した中谷潤人(28=M・T)陣営との関係性や縁の深さ、階級変更を含めた井上の今後、そして東京ドーム興行の継続開催への意欲などについて明かした。

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2年ぶりの東京ドーム興行を開催できたことは、関係各位のご尽力とファンの皆様の温かいご支援のたまもの。誠にありがとうございました。2年前の井上-ネリ戦。花道から入場した時の東京ドームからの歓声とどよめきが忘れられず、2年後には東京ドーム興行をやりたいと意識していた。私が世界王者となった90年2月、5万1600人を集めたタイソン-ダグラス戦を視察したが、あの光景を超える規模の興行を開催できて感無量だ。

中谷陣営の作戦について「9割分かっている」と発言したのには理由がある。あの長い腕を折り畳んだアッパーはすごいし、1番厳しい戦いになると思った。しかし動いて距離を取るタイプではないからある程度、戦い方は想像できた。もちろん動いて距離を取る選択肢も想定していたし、やはり予想通りの展開になった。

中谷陣営には特別な思いがあった。村野会長とは1学年違い。自分が横浜高、村野会長は武相高のボクシング部だった。一緒に神奈川県代表として栃木に乗り込み、同県代表と対抗戦にも出た。高校総体でも一緒。私が卒業するまで横浜高は武相高に団体戦で10連勝以上していたが、村野会長は高校3年の時、県決勝で横浜高を下して連敗を止めた。しかし同年の全国大会は横浜高が優勝、武相高は敗れて2位。高いライバル関係だった。

また中谷選手の最初の師匠だった元東洋太平洋スーパーバンタム級王者の石井広三さんの世界戦でテレビ解説したのは私だった。プロデビュー前、中谷選手は大橋ジムに出げいこに来て、当時は八重樫東、松本圭佑、桑原拓とスパーリングしていた。神奈川のジム同士で、井上は座間市、中谷選手は相模原市在住。世界注目カードだったが、縁の深い対決でもあった。

試合直前の練習で、尚弥の脚に血管が浮き出ていて驚いた。本人も初めて見たと言っていたほど。25年は4度の防衛戦で過密だったかもしれない。だが4度の練習の積み重ねは大きい。サウジアラビア戦から約5カ月。疲労も抜け、最高の状態だった。次戦はスーパーバンタム級継続かフェザー級転向かは未定だ。いずれにしてもドリームマッチを組みたいと思っている。

東京ドーム興行を継続開催したいと思っている。ドームにふさわしい選手がいないといけないが「モンスター2世」と言われる坂井優太、私が「ザ・キング」と命名した新人の藤木勇我と有望な選手がジムにいる。育成しないとボクシング界の繁栄につながらない。この興行がボクシング百年の計の礎になればいいと思っている。(元WBA、WBC世界ミニマム級王者、大橋ジム会長)

井上尚弥「世紀の一戦」制し4団体統一王者としてV7達成 中谷潤人を判定で下す/ライブ詳細