「おい! 寅、そっちじゃねえぞ」

 客席から誰かが言う。周囲の客は顔をしかめるどころか、その声にまた笑う。「男はつらいよ」シリーズの正月、お盆興行では、渥美清演じる寅さんのおとぼけ演技に客席から声が飛ぶことがあった。過ぎ去った映画全盛期の雰囲気が残っていた。学生時代の記憶だから、30~40年前ということになる。

 フレッド・アステアやジーン・ケリーの活躍でハリウッドのミュージカル映画が全盛だったのは、さらに30、40年さかのぼることになるが、劇場全体がワクワク感に包まれたあの空気に似たものがあったに違いない。

 往年のミュージカル映画の影響を色濃く受け、今年のアカデミー賞で13部門14ノミネートと歴代最多の評価を受けている「ラ・ラ・ランド」(24日公開)は、かつての映画館の楽しさを思い出させてくれる。

 渋滞のロサンゼルス。緩やかな勾配の陸橋で、4車線に連なる車から次々に人々が出て踊り出し、やがて群舞となる。統一の取れたダンサーの合間をスケボーやローラースケートの青年が、車上もものともせずに縦横に走り回る。圧巻だ。いきなりわしづかみだ。

 撮影のための車止めだけでもたいへんだろうと思ったが、後からこのシーンをワンショットで撮ったと知った。一昨年、熱量が映像からあふれ出ていた「セッション」で注目されたデイミアン・チャゼル監督(31)の力業だ。

 渋滞の中にライアン・ゴズリング(36)エマ・ストーン(28)の主演2人もいて、ラブストーリーの端緒となる因縁が生まれる。ダイナミックな動きに加え、こじゃれた演出も盛り込み、チャゼル監督の懐の深さを実感させる。

 ジャズクラブの開店を夢みるピアニストとスタジオのカフェでバイトする女優の卵。ひかれ合い、秘めた才能を互いに認め合う。だが、夢の実現の過程は並行して進むわけではなく、ときどきに優劣が生まれ、ぎくしゃくする。

 ショービジネス界を舞台にした典型的なラブストーリーだが、随所に小技、大技が効いていて、オリジナリティーを感じさせる。飽きさせない。

 ピアニストの部屋や職場にはジャズ愛好家をうならせるアイテムが配されているが、いつも真っ先にジョン・コルトレーンのポスターが映し出される。前衛ジャズでも王道を行ったサキソフォン奏者を前面に出して、彼の進もうとする道を照らし出す。

 女優のエピソード中ではパリ・セーヌ川の話が肝になっていてハリウッド的なものからはみ出した彼女の「大きさ」を印象付ける。

 突然歌唱シーンが挿入されるミュージカルは、どちらかといえば苦手だが、ロスの夜景を見渡す丘の上やプラネタリウムのフライングシーンにも無理なく引き込まれた。リアルとファンタジーの接ぎ目、ロスの街並みと、舞台装置の幻想シーンのつなぎ方が巧みなのだ。

 歌、ピアノ、軽やかなステップ…吹き替えなしのゴズリングの器用さは何なのだろう。眼の大きさを生かしたストーンの喜怒哀楽の振れ幅にも見入ってしまう。

 終盤にはあっと言わせる「巻き戻し技」もある。もてあそばれているような気になるが、それもまた気持ちいい。試写室でも周囲の息づかいが聞こえてきた。このグルーヴ感はやはり映画館で味わいたい。

 来日したゴズリングは「スマホではなく、劇場で見てもらいたい」と語っていたが、この作品を言い当てている。【相原斎】

「ラ・ラ・ランド」の1場面 Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. (C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
「ラ・ラ・ランド」の1場面 Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. (C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.