ジャズピアノ奏者ビル・エヴァンス(1929~80年)の半生にスポットを当てたドキュメンタリー「-タイム・リメンバード」が27日から公開される。

証言者として登場する歌手トニー・ベネット(92)の話が印象的だ。「彼以上に情感を表現できる者はいない。彼の音楽からは誠実さがひしひしと伝わってくる」。1音1音を確かめるように前かがみになる独特のスタイル。スローな曲に特徴が出るように思うが、それぞれの演奏の背景を知れば知るほど、その美しさが染みてきた。

ビル・エヴァンスの存在を最初に認識したのは、マイルス・デイビスの名盤「カインド・オブ・ブルー」(59年)での演奏を聴いた学生の時だから40年くらい前になる。以来マイルスのアルバムのいくつかの演奏を覚えている程度で、彼のリード・アルバムを持っているわけではない。が、この映画を見てからは、登場する彼自身のアルバムの数々をどうしても聴きたくなり、渋谷の試写室を出たその足で下北沢のディスクユニオンに駆け込んだ。「モダンジャズ」をちょっとでもかじった者にとってはたまらなく魅力のある作品だ。

米CBSで音楽からスポーツまで幅広い分野でドキュメンタリーを撮ってきたブルース・スピーゲル監督はこの映画の製作に8年あまりを費やしている。

初期にトリオを組んでいたドラマーのポール・モチアンにインタビューできたことが、この作品の出発点になったという。気難しいことで知られるモチアンは、エヴァンスのことになると信じられないくらい気さくに語る。

「ビルは自分に才能があるとは思っていなかった。萎縮することさえあったんだ」

映像に残されたエヴァンスはいつもうつむきがちで、確かに引っ込み思案に見える。黒人だらけの世界で萎縮する白人の図だ。それでも隠しきれない才能があふれ出ていく課程が目に見えるように語られる。知られざる初期の情報が厚い。

ミュージシャン仲間に何人かの親族の証言も加わり、人柄や繊細な演奏の背景が明かされていく。

アルバム「エブリバディ・ディグス」に収録されたオリジナル曲「ピース・ピース」の解説には、その優美な曲調とともにうっとりさせられた。大自然、夕日…この曲からは確かに鮮やかなイメージが浮かび上がる。エヴァンスのクラシックの素養が演奏の奥行きとなり、周囲のミュージシャンに影響を与えたであろうことが想像できる。

あの「カインド・オブ・ブルー」の制作秘話も明かされる。マイルスのクレジットで発表された曲にも実はエヴァンスが深く関わっていたという。確かにマイルスのリリカルの一面はエヴァンスに重なる気がする。

インタビューに応じた人々は誰もが喜々としてエヴァンスのあふれる才能を振り返っている。が、元気だったモチアンはその後(11年)亡くなり、ギター奏者のジム・ホールも13年に逝った。

それでもベース奏者のゲイリー・ピーコックは言う。

「彼がジャズに与えた影響はこの先100年は続く」【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)