歌手イルカ(57)の長男神部冬馬(29)が、亡き父に背中を押され歌手デビューする。芽がでない歌手を半ばあきらめかけていた昨年、理解者だった父で音楽プロデューサーの神部和夫氏(享年59)が急性腎不全で逝去。冬馬は「生きている間に作品を出したかった」という後悔を胸に活動を開始、今月21日の一周忌の直前の19日にミニアルバム「小さき者」を発売する。父が待ち望んだデビュー曲をやっと天国に手向ける。

 他界した父に導かれるようにしてスタートラインにたどり着いた。昨年3月21日。冬馬の成功を願っていたよき理解者の和夫さんが急逝した。20年前からパーキンソン病と闘っていた。「いきなり『明日がヤマです』と進行する病気ではなかったので、父親が生きている間に作品を出せればなあ、という軽い気持ちで音楽やってました。それが、急に…」。

 自責の念に駆られ、眠れない夜もあった。「情けないんですけど、間に合わなかったことを反省し、自問しました。もっと頑張らなければと本気で思ったんです」。せめて21日の一周忌には間に合わせたかった。「葬儀、しのぶ会を通じて僕の曲を聴いていただく機会に恵まれ、背中を押されました」。皮肉にも埋もれていた冬馬の才能が発掘されるきっかけになり「小さき者」を19日に発売することが決定。悲願のデビューが駆け込みで実現した。

 今まで楽観的な人生を送ってきたと自認している。「シンガー・ソングライターとして20歳ごろから軽い気持ちで作詞作曲を始めました。曲を書いてライブやって有名になればいいなって。でも、それではご飯を食べていけるわけもなく。母親の運転手をしたり、仕事を手伝ったりする毎日。ただ、意外に収入が安定してきちゃって。安住したのか焦る気持ちもない生活を10年近くダラダラ続けてきました」。02年には古谷一行(64)主演映画「手紙」に出演。2年間、俳優養成学校にも通ったが芽は出なかった。

 そこに舞い込んだ悲報。後悔の中で気付いたのは、和夫さんの闘病や、イルカの看病生活を見てきたことで創作の感性が刺激されたことだった。「生前は実感がなかったんですが、頑張って常に前向きだった父親の姿勢が死後に分かった。僕に言いたかったことが、詞にニュアンスとして含まれるようになったと思います」。

 イルカからは「ここまで来たら結果を出さなきゃダメ。プロなら自己満足で音楽をしてはいけない」と言われている。冬馬は「『イルカの息子』と紹介されることに抵抗はありません。いい意味で独り立ちできれば」。もう29歳。背水の陣で、両親に恩返ししていくつもりだ。【木下淳】