宮城県気仙沼市出身のフリーアナウンサー生島ヒロシ(60)が2日、東日本大震災後初めて故郷に入り、音信不通となっている同市在住の妹亀井喜代美さん(57)夫婦の消息を尋ねた。数日前に喜代美さん夫婦らしき身元不明遺体が見つかったとの情報があったことから、警察で遺体の写真を確認したが、手掛かりは得られなかった。生島は「どんな形であれ、早く見つかってほしい」と話した。
変わり果てた気仙沼の姿に、生島は息をのんだ。「テレビの映像では見ていたが、それをはるかに超えている。あらためて自然の怖さを思い知らされた」。2月2日に亡くなった母美ち子さんの葬儀以来、2カ月ぶりの帰郷。18歳まで育った町は、がれきの山と化していた。
震災から3週間、いまだに妹喜代美さん夫婦と音信不通の状態が続いている。その2人らしき身元不明遺体があるとの情報が寄せられたのは数日前。この日は警察で写真を確認後、安置所に向かうつもりでいた。だが不明遺体の写真の中に妹夫婦のものはなかったという。「ほっとしたというのではない。複雑ですね」。奇跡的に残った生家を訪れた後で、妹夫婦が暮らしていた家にも向かったが、道が寸断され、たどり着くことはできなかった。
地震発生の11日、喜代美さんは母の四十九日法要のため、遺骨とともに上京する予定だった。「気仙沼を午後3時ごろに出る電車に乗るとのことでした。人生に『もし』はないが、もしあの日、1本前の電車に乗っていればと思うと…」。希望は捨てていないが、覚悟もできている。「4人きょうだいの中でも我慢強く、常に脇役的な動きをする妹でした。今となっては母と天国で仲良くやっていてくれればいいな、という思いもある。どんな形であれ、早く見つかってほしいと思います」と静かに話した。
この日は目黒区と自身の募金活動で集めた約2300万円の目録を菅原茂気仙沼市長に手渡したほか、避難所となっている母校・気仙沼小学校で炊き出しも行った。生島は「みなさんの笑顔に、逆に僕が励まされた。被災された方々のバックアップと故郷の復興のため、自分にできることをやっていきたい」と言葉に力を込めた。【石井康夫】




