大統領の遺体を乗せた大型バンの中で失意の夫人が声を震わせながら運転手にたずねる。

 「ジェームス・ガーフィールドはご存じ?」

 「いえ」

 「では、ウィリアム・マッキンリーは?」

 「申し訳ありません、存じません」

 「そう。では、エイブラハム・リンカーンは?」

 「もちろん、存じ上げております」

 3人は過去に暗殺された米大統領の名前である。夫人は「今しなければならないこと」に思い当たる。同乗していたスタッフに「リンカーンの葬儀の資料をすぐに集めて」と命じる。

 3月公開の米映画「ジャッキー」の一場面である。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺から葬儀までの4日間にスポットを当て、暗殺直後のエピソードがリアルに再現されている。

 在任3年に満たない間、キューバ危機こそ乗り切ったものの、宇宙開発、公民権運動…すべては道半ばであった。ベトナム戦争のように後世失政の烙印(らくいん)を押されたものもある。若さと人気はずぬけていたが、史実をなぞってみればJFKの実績には「?」が付く。

 伝説となり、歴史に名が残った裏にはジャクリーン夫人が果たした役割が大きい。この映画はそう言いたいのだ。

 大統領の死から1週間。夫人の元に1人の新聞記者が訪ねてくる。「私の言ったことだけを書いて」「メモは確認させてもらいますから」…。要求ばかりが続き、記者は顔をしかめる。とんでもなく嫌な取材対象だ。だが、時間を追うに従って記者は夫人の真剣さに引き込まれていく。語り継がれる歴史的な葬儀までの4日間の真実が明らかになる。映画は夫人の回想シーンをつなぐ形で進行する。

 テキサス州ダラスの暗殺現場からワシントンへの帰路を急ぐエアフォース・ワンの機中。夫の死を受け入れられずにいる夫人の前でジョンソン副大統領の大統領就任宣言が行われる。ジャッキーは瞬く間に「過去の人」となってしまう夫と自分の立場を思い知らされる。

 ジョンソン夫人からは血の付いた服を着替えるようにうながされるが、「反ケネディ派に彼らがしたことを見せつけてやる」とジャッキーは服を脱ごうとはしない。独りになったときのおえつ、涙…とのコントラストが繰り返され、彼女の脆さと強い意思がそれぞれ際立つ演出になっている。

 ジャッキーが目指すのはリンカーンの葬儀に倣い、世界中の元首が大聖堂に向けて歩く荘厳な儀式だ。

 今やジョンソンのスタッフとなった大統領府の面々は不測の事態を恐れて反対し、各国からも元首の保安上の理由から自粛をうながす声が相次ぐ。

 だが、彼女は「暗殺が怖い方はどうぞ、防弾ガラスの車にお乗りになって。私は子どもたちと歩きます」と譲らない…。

 テレビ番組で初めてホワイトハウス内部を紹介したくだりなど、ジャッキーの過去のエピソードも織り込みながら、彼女の「政治家」ぶり、JFK神話に果たした役割が印象付けられる。

 ナタリー・ポートマンのやや鼻に掛かった話し方は、ジャッキーもきっとそんな風だったのだろうと思わせる説得力がある。「ブラック・スワン」(10年)でアカデミー賞主演女優賞に輝いて以来の同賞候補も納得の好演だ。

 JFKの弟ロバートが、ジョンソンが大統領になった後も上から目線で話す様子など、当時のホワイトハウス内部の力関係もリアルに描写されている。

 チリのピノチェト独裁政権を描いた3部作で注目されたパブロ・ラライン監督は、いっさいの音楽を排した。映像の隅々まで、針を落とす音が聞こえるように張り詰めている。【相原斎】