フィギュアスケート取材1年目の私にも、事のすごさが伝わってきた。

 昨年10月。全日本選手権などにつながる近畿選手権取材を控え、予習を進めていた時だった。目にした名前は伊藤みどり、浅田真央、中野友加里…。そこに兵庫県内の公立中学校に通う14歳が堂々と肩を並べていた。少女の名は紀平梨花(関大KFSC)。9月のジュニアグランプリシリーズ第5戦スロベニア大会で、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に成功していた。

 私は浅田と同い年の元ラガーマン、中学生時代から自然と浅田の応援には熱が入った。「フィギュアスケート=トリプルアクセル」。今となっては浅はかに思うが、そんなイメージだった。紀平は国際スケート連盟公認大会で上記3選手に次ぐ、日本人4人目のトリプルアクセル成功者。世界でも紀平を含め、わずか7人という偉業だ。当然、成功後初の国内大会だった近畿選手権にも、多くの報道陣が駆けつけた。

 その大会のジュニア女子フリーで、紀平はトリプルアクセルを決めて優勝。移動時にはサインを求めるファンが押し寄せ「演技直後にあんなに来たのは初めてでした」と目を丸くしていた。2位に入った本田真凜(15=大阪・関大中)や、日本のエース宮原知子(18=関大)と一緒に練習する毎日は「やっぱりいい環境だと思います」。だが、そこから一筋縄ではいかない難しさも知った。

 11月の全日本ジュニア選手権では、トリプルアクセルに失敗して11位。12月のジュニアGPファイナルでも転倒し「緊張すると、脚に力が入らなくて…」と悔しさをにじませた。他競技に比べ、若い年代での注目の受け方はフィギュアスケートが群を抜く。演技の質の向上はもちろん、1年で様変わりした周囲からの注目と闘っているのだろう。

 元は好奇心旺盛の怖いもの知らず。母実香さん(45)がトリプルアクセルの練習による打撲を心配しても「全然なんともないよ。うまいことこけているから大丈夫」とケロリ。海外遠征にも「お母さん、来なくて大丈夫だから!」と物おじしない。小さい頃から実香さんの化粧道具に興味を示し、今はメークも1人でテキパキと済ます。スマートフォンで簡単クッキングをチェックし「お母さん、材料買いに行きたい!」と腕を回すほほえましい一面も持つ。

 その性格こそが、競技者紀平の成長を支える。浜田美栄コーチの分析は端的だ。「真凜は芸術家で、梨花ちゃんはアスリートという感じ。失敗を何とも思わずに、思いっきり跳んでくれる子。昔から何をやらせても飲み込みが早かった」。年齢制限で18年平昌五輪には出場できず、紀平が目指すのは22年北京五輪。同コーチは「感情移入はまだまだだけれど、基本姿勢はしっかりしている」とも語っており、5年後に向けた伸びしろは限りない。

 迎えた17年。フィギュアスケート界は早速、18年平昌五輪の出場枠確保がかかる世界選手権(3月、ヘルシンキ)など勝負の時期を迎える。その裏で一皮むけるべく努力を重ねる紀平。5~6年前には浅田の演技を見て、プレゼントと手紙を渡した。その浅田や、目標とする宮原らは、重圧をはねのけながらトップにのし上がった。近畿選手権の演技直後、両拳に込めたトリプルアクセル成功の喜び。心を揺さ振られたあの姿を、今年は大舞台でも見てみたい。【松本航】

 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。大体大ではラグビー部に所属し、13年10月に大阪本社へ入社。プロ野球阪神担当を経て、15年11月から報道部で西日本の五輪競技を担当。