若くして才能を発揮するスーパープレーヤーも魅力的だが、個人的には回り道をした苦労人が好きだ。自分が不器用な人間だからこそ、そんな選手に共感するのかもしれない。

 16日に閉幕した競泳の日本選手権。女子400メートル個人メドレーを、4分31秒42とリオ五輪銅メダル相当の日本新記録で制したのは、大橋悠依(21=東洋大)だった。大学4年になって、初めて世界選手権(7月、ハンガリー)代表の座を勝ち取った。

 池江璃花子(16)のように、中高生から活躍する選手がいる中、大学4年になっての初代表。女子競泳界では遅咲きといっていい。「うれしい気持ちと、びっくりした気持ちでいっぱいです」と戸惑いの言葉を口にする一方で、表情には自信が満ちあふれていた。

 リオ五輪金メダリスト萩野公介(22=ブリヂストン)の大学の1年後輩。五輪前、萩野の取材で大学に行くと、いつも自信なさげで、泣きそうな顔で練習していた姿が印象に残っている。金メダル候補と注目を浴び続けた萩野とは違い、当時の大橋に、五輪の大舞台はまったく見えていなかった。

 「ゆっくりとしたテンポで水をとらえる素質がある」と、北島康介と萩野に金メダルをもたらした平井伯昌コーチに見いだされて、14年春に東洋大に入学した。ただ平井コーチによると、入学当初から気分屋で、いつも口をとんがらせて、つまらない顔をしていたという。本人も「同期や周りと比べてばかりで、泳ぐことが楽しくなかった」と振り返る。斜に構え、自分の殻に閉じこもる傾向もあった。

 大学1年の終わりからは、まともに泳げなくなる。大学2年秋まで原因が分からず、さらに混迷する。のちの検査で極度の貧血が判明。食事改善などで、体調が回復し、やっと練習が積めるようになる。どん底を経験したことで「人を気にしても仕方がない」とメンタル面も一皮むけた。他人ではなく、自分の泳ぎ、タイムに真正面から向き合う。平井コーチの言葉も素直に受け入れられるようになり「純粋に泳ぐことが楽しくなった」。173センチの長身をいかした伸びやかな泳ぎを取り戻し、タイムも短縮していった。

 平井コーチは「当初は選手ではなく、人間として崩れやすい要素があった。大学に入って、挫折を乗り越え、自分の力ではい上がった。だんだんと自信が確信になり、明るい内面が出てきている」と愛弟子に目を細める。北島、萩野とは対照的な晩成型の選手。「最初からメンタルが強くて、自分のことを信じられる人もいるけど、中には段階を踏んでいかないと、できない人もいる。スローペースだが、着実に足場を固めてこれている」と続けた。

 大橋は回り道を後悔していない。池江ら若くして才能を発揮する選手「中高生からしっかり自分を持って戦う姿は尊敬する」と話す。大学4年で花が開き始めたことに「わたしは自分を持って戦うことが、今できるようになってきた」と自己分析した。

 7月の世界選手権。大橋はメダル候補として臨む。平井コーチからは「今年に関しては甘くないが、バタフライ、背泳ぎを磨き、平泳ぎのラップが1、2秒上がれば、将来的にいい色のメダルが狙える」と3年後の東京五輪への期待を込められた。遅咲きの21歳に、これからも注目したい。【田口潤】


 ◆田口潤 東京都出身、45歳。94年に入社して取材記者一筋。入社して10カ月間はレース部。スポーツ部に異動すると五輪、相撲、サッカー、ボクシング、プロレス、ゴルフ担当を経て現在は五輪担当。昨年リオ五輪は水泳の萩野、金藤らの金メダルなどを取材。