プレーバック日刊スポーツ! 過去の2月18日付紙面を振り返ります。2002年の1面(東京版)では、ソルトレーク五輪のショートトラックで、寺尾悟が誤審に泣き失格となったことを報じています。

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<ソルトレーク五輪:ショートトラック>◇2002年2月16日(日本時間17日)◇男子1000メートル準決勝

 日本のエース寺尾悟(26=トヨタ自動車)が、誤審に泣いた。スピードスケート・ショートトラックの男子1000メートル準決勝で、5人中3人が転倒する荒れた展開の中、寺尾はトップでゴール。決勝進出を決めたかに思われたが、不可解な反則を取られて失格した。寺尾が転倒に無関係な位置にいたことは明らかで、メダル獲得のチャンスをジャッジにつぶされた。日本チームは猛抗議したが受け入れられず、国際スケート連盟(ISU)に提訴する方針を固めた。 

 何かの間違いだと思った。控室で笑顔でスケート靴を脱ぎかけていた寺尾は、耳を疑った。場内に失格の判定が告げられた。「10秒ぐらい、混乱してしまった」。全く思い当たる場面はなかった。

 レースは長野五輪金メダルの金東聖(韓国)と同銀の李佳軍(中国)が激しく争った。寺尾は4番手で前をうかがっていた。残り半周でまず金が転倒。最終コーナーを過ぎてトュルコット(カナダ)が李を巻き込み、ともに転倒した。

 寺尾はだれに接触することもなく、1位でゴール。「視界が広がり、一瞬、気持ちよかった」。決勝進出の喜びをガッツポーズで表した。「後方から行ったのは予定通り。一発狙っていたから」。ベテランらしい冷静なレース運びが功を奏したかに思えた。しかし、最終結果は非情だった。

 川上隆史監督(49)によれば、審判は「最後に2人が転倒した原因をつくったのが寺尾」と説明したという。しかし、実際には寺尾は接触していなかった。上方から撮影された映像でも、寺尾の右手と李、トュルコットの間には、約40センチの空間が広がっていた。「(問題の部分で)僕はだれにも接触していない。僕が見る限り、(自分の)ほかにもっと失格の場面はあった」。後方の寺尾には、レースのすべてが見えていた。それだけになぜ自分が失格になったのか、理解できなかった。

 川上監督は「最初は口頭で抗議した。次に文書を提出しようとした。いずれも受け入れられなかった」と無念そうに話した。決勝まで終了してしまったレースの結果が、覆る可能性はほとんどない。しかし、このままでは引き下がれない。「反則した選手を間違えたとしか考えられない。審判がミスしたことを認めてほしい。そのために提訴したい」とし、日本スケート連盟を通じて、ISUに抗議文を提出。ビデオ導入などルール改正も求めていく方針を固めた。

 金の転倒も、明らかに李の妨害によるものだった。韓国の全明奎監督は「寺尾はどうして…」と処分に絶句して気遣った。その上で「選手は4年間この大会に向けて努力してきたのに、審判の間違いで終わってしまうのはかわいそう。審判にも『4年間選手と同じ努力をしたのか』と聞いてみたい」と怒りをあらわにした。

 メダルを期待された長野五輪では、無念の転倒で涙に暮れた。今回は予想もしなかった「敵」に道を阻まれた。だが、まだ2種目残っている。「(長野から)4年間頑張ってこの結果だけど、ここで腐ったら、もったいない。1500メートル(20日=日本時間21日午前10時)では本当の自分の姿を見せますよ」。寺尾は顔をゆがめながら、必死に気持ちを切り替えようとしていた。

 

 ★長野五輪男子500メートル銅メダリスト植松仁(27=現競輪選手) テレビで見ていました。失格の判定は「エッ」という感じでした。寺尾君は他の選手に触れたり、反則の少ない選手で、不運としか言いようがない。ただ、これがショートトラック。判定は変わらない。調子は悪くないと思う。大事なのは切り替え。こういう後は、いい風が吹いたりするものです。

 

 ◇寺尾声援が一転

 「なんでなんだ。絶対おかしい」「天国から地獄だ」。寺尾の地元、愛知県足助(あすけ)町の公民館では町民ら約100人が駆け付け、壇上に大きく映し出されたテレビ映像に向かって応援した。ゴールの瞬間、大歓声と拍手が響き渡ったが、「寺尾失格」のアナウンサーの声で一転、抗議の声がわき起こった。

 父親の正見さん(53)と母親の摩里子さん(51)は身を乗り出してじっと見守った。摩里子さんはゴール直後立ち上がって手をたたいたが、失格判定には「絶対、納得いかない。これにかけてやってきた本人が一番悔しいと思う」と悔しさを抑えきれない様子だった。

 

 ◇中継中抗議50本

 寺尾が失格したことについて、生中継していたTBSには「判定はおかしい」など抗議の電話が放送終了までの30分間に約50本寄せられた。NHKにも同様の抗議があった。インターネット上でも話題となり、大手検索サイト「ヤフー」の掲示板には、失格に関する書き込みだけで300件以上に上った。

 

 <記者の目> 

 今大会は日本に不利な判定が多い。初日の神野から、この日の田中、寺尾と、首をかしげるジャッジばかり。これが五輪の怖さ、と言っては、選手がかわいそうだ。

 ショートトラックには、常に判定の問題がつきまとう。選手は少しでも有利な位置を奪うため、巧みに体を使って相手の動きを妨げる。どこに反則のラインを引くか。時速40キロ前後での攻防は、1人の肉眼で判断できない部分もある。

 そのために複数の審判が存在するのだが、それでも間違いは起きる。五輪のようにシステムが充実している国際大会では、ビデオ判定を導入すべきではないか。

 長野五輪でも田村が不当な判定を受けた。川上監督は「あのとき、ショートトラックはあんなレベルでいいのかと言われた。また同じことを繰り返している」と嘆いた。選手が明るくふるまっているのが救いだが、無念さは心から消えない。

 ◆反則メモ

 今回、寺尾が取られた反則は「インピーディング」と呼ばれる妨害行為。最も多く見られる反則で、他の選手の進路を妨害したり、転倒する要因をつくったときなど、適用範囲は広い。そのほか、相手を妨害するため不当にトラックを横切る「クロストラック」、後ろ足のかかとが上がったままゴールする「キッキングアウト」などがある。五輪はリンク内に2人、リンク外に2人のアシスタントレフェリーがおり、反則があった場合は複数で協議して、主審が最終決定を下す。

 

 ◆長野でも

 98年五輪では男子1000メートル準決勝で、田村直也がユニホームを引っ張られる悪質な妨害を受け転倒した。救済措置を求めて抗議したが、受け入れられなかった。田村はB決勝に勝ち、5位入賞した。

 

 ◆ショートトラック◆

 1周111・12メートルのだ円形トラック。予選から決勝まで3〜4レースを1日でこなす。接触、転倒が多発するため、選手はヘルメット、ひざ当てなどの着用が義務づけられる。92年アルベールビルから正式種目。日本は同大会男子リレーで銅、98年長野の男子500メートルで西谷が金、植松が銅を獲得

※記録と表記は当時のもの